ノーベル賞を受賞した大村智教授、成功の秘訣は「出会いを大事にすること」

 

「泥をかぶる研究」をチームで

 2年間のアメリカでの研究留学を終えるのに際し、大村は北里研究所から頼まれていた約束を果たした。アメリカの企業から研究資金を得る、という依頼である。

ティシュラー教授が、かつて務めていた世界第2位の医薬品企業メルク社に口利きをしてくれたので、提携交渉も順調にいった。年間8万ドル(当時の円換算で2千4百万円)の研究費を出してくれ、共同研究で得られた特許はメルク社が保持するが、北里研究所にロイヤリティを払う、という内容である。

大村の考案した研究アプローチは、微生物が生み出す化学物質の中から人間に有用なものを見つけるというものであった。日本では伝統的に味噌、醤油、酒など、微生物を活用した発酵食品が発達しているが、その延長線上にあるアプローチである。

1グラムの土壌の中には1億個もの微生物がおり、そこから特定の微生物を取り出しては、その化合物を調べる、という、大村自身が言う「泥をかぶる研究」を進めていった。特定の微生物を分離する人、その化合物の構造を調べる人、化合物の働きを評価する人など、それぞれの人が縁の下の力持ちとなって、共同研究を行う。

大村はこうした共同研究体制は日本人の方が向いていると考えていたが、さらに1人1人の研究員によく配慮することで、チームを引っ張っていった。

こうして、ある微生物が産出する物質で、寄生虫退治に劇的な効果を持つものが発見された。エバーメクチンと命名されたその物質は、皮膚にダニが棲みついた牛にごく微量を投与するだけで、きれいに治ってしまった。この薬は動物薬としてメルク社から販売されると、その後、20年間も動物薬の売上げトップを続け、そのロイヤリティで北里研究所には200億円以上もの研究費がもたらされた。

「袖触れ合う縁も生かす人が成功する」

動物の寄生虫退治に劇的な効果をもつエバーメクチンを人間の疾病にも使ってみよう、という事から、オンコセルカ症の治療薬として「メクチザン」が開発された。オンコセルカ症はアフリカの熱帯地域に広まっている感染症で、小さなブヨが人体を刺して吸血する際に、寄生虫を移す。その寄生虫が眼の中に入って患者を失明させる。世界で年間数千万人がオンコセルカ症に感染し、失明や重度の眼病にかかる人は数百万人と推定されていた。

それが年に1回、メクチザンの錠剤を飲むだけで、寄生虫の幼虫はきれいに死滅してしまう。メルク社はこのメクチザンを世界に無償提供することとし、大村もロイヤリティを返上した。

メクチザンは1987年から使用されはじめ、現在では年間2億人ほどの人々が服用している。WHO(世界保健機構)の発表では、西アフリカ諸国でメクチザンによるオンコセルカ症制圧に乗りだし、それによって約4千万人が感染から逃れ、60万人が失明から救われたとしている。

このプログラムにより、2020年にはアフリカ全土でオンコルセンカ症は制圧できる、という見通しが立った。この業績に、2001年のノーベル化学賞受賞者・野依良治氏は「大村先生は多くの人を感染症から救った。医学生理学賞を超えて平和賞がふさわしい」と語っている。

大村教授はノーベル賞受賞式に旅立つ前に、大学院時代を過ごした東京理科大で講演し、成功の秘訣を「出会いを大事にすることだ。つきあいを大事にする人としない人では大きな差が出る」、「袖触れ合う縁も生かす人が成功する」と述べた。

大村の偉業は、多くの人々に導かれ、助けられ、支えられて、成し遂げられた。まさに「一期一会」の精神で、多くの人々との出会いを大切にしてきたからだろうが、その姿勢も「自分はもっと何かをしなければ済まない」という初志に支えられていたのだろう。

そういう志を持っていればこそ「袖触れ合う縁」を生かせる。そして、そういう人には世間も助力を惜しまないし、天も必要な時に必要な人に出会わせてくれるのだろう。

文責:伊勢雅臣

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Japan on the Globe-国際派日本人養成講座
著者/伊勢雅臣
購読者数4万3千人、創刊18年のメールマガジン『Japan On the Globe 国際派日本人養成講座』発行者。国際社会で日本を背負って活躍できる人材の育成を目指す。
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