「掃海殉職者顕彰碑」
昭和27(1952)年、日本沿岸の全ての主要航路と100余ケ所の港湾に対して「安全宣言」が発せられた。これにより、各港が一般船舶に開放され、港湾都市からは歓呼の声があがった。この「安全宣言」による経済効果は絶大で、復興を大きく後押しすることになった。
なお、日本側で掃海した海面からは、一度も触雷事故が起こっていないという。掃海部隊員がいかに緻密に、辛抱強く、自らの責務を果たしたかの証左である。
同年6月、79名の殉職隊員を顕彰するため、32の港湾都市の市長らが発起人となって、海上交通の守り神として信仰されている香川県金刀比羅宮に「掃海殉職者顕彰碑」が建立され、以後、毎年追悼式が行われている。
世のため人のために、危険を顧みずに挺身する人々の活動を、天皇が励まされ、そして不幸にして殉職した人々に対しては、末永く顕彰するのが、我が国の伝統なのである。
文責:伊勢雅臣
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