転倒予防のジレンマ
この問題で医療現場にジレンマが起きています。動くことそのものに転倒のリスクがあると考えられているため、院内での転倒による骨折などの事故を防ぐ目的のために高齢の患者さんが入院したときにはなるべくベッド上から動けないようにする方策が病院現場ではしばしばとられています。
米国ではまた、院内で起きた転倒による追加医療費には医療保険の支払いがなされないというシステムが導入されています。アメリカの病院での入院患者データによると入院中の95%以上の時間がベッド上安静に費やされているとのことです。日本でも多くの病院がベッドアラームなどを導入しています。患者さんがベッドサイドに移動しただけでアラームが鳴ると言うテクノロジーです。
最近、先進国で「病院後症候群」という病態が増えていると指摘されています。病気で入院した高齢者が筋力やバランスの低下によって日常生活動作の能力が喪失してしまうものです。この症候群の要因の1つはベッド上安静である、と専門家は指摘しています。
欧米の研究データによると、病院内での高齢者の転倒はほとんど減っていません。実際、ベッド横にアラームや柵を設置しても転倒のリスクは下がらないといわれています。転倒のリスクが非常に高い高齢者の場合ではある程度やむをえないとも思いますが、リスクの低いもともと元気な高齢者に対して使われた場合に、その患者さん自身の体が拘束されていることによる心理的影響もあります。また、ベッドアラームの設置は頻回のナースコールにつながり病棟看護師のストレスを増加させる要因にもなっています。