難民受け入れから制限へ。ドイツが今も背負い続ける「重い十字架」

 

今回の難民受け入れも、9月4日に報じられた、男の子の溺死体の写真がドイツの世論を一気に動かし、「難民が可哀想。受け入れるべき」という空気が爆発的に膨張した結果でございます。

しかも、ドイツ国民は「ナチスの第三帝国」という重い十字架を背負っています。ドイツ国民は、第2次世界大戦の責任の全てをナチスに押し付けたわけですが、ナチス時代とは真逆の「人権」「人道」を全面的に標榜しなければ、欧州で生きていけない立場にあるのです。

その点が、大東亜戦争を戦い抜いた日本国とは違います。個人的な「歴史観」を押し付ける気は全くありませんが、わたくしは大東亜戦争で国家のために戦って下さった先祖を誇りに思っていますし、自分が「靖国に祀られている、あの人たちの子孫」であることを強く意識して生きています。ところが、ドイツ国民は絶対にその手の価値観を持ちえないのです。

すなわち、ドイツは日本以上に「戦前」と「戦後」で歴史が断絶していることになります。少しでも「反移民」あるいは「人種区別(差別ではなく)」的なことを言い出すと、猛烈に社会からバッシングされてしまうのが、ドイツという国家なのです。

結果的に、1枚の写真でドイツ国民の多くが一斉に「難民受け入れ支持」に動いたわけですが、現実は厳しいです。

また、ドイツの産業界について気になる点が1つあります。ドイツの産業界は、難民受け入れについて、「安い労働力が入ってくる。ウィルコメン(ようこそ)!」などとやっているわけですが、その「コスト」を負担するという話が一向に聞こえてきません。もちろん、難民を雇用すれば給与を支払うわけですが、そんなことは当たり前です。

現在、ドイツ連邦政府や地方政府が難民受け入れと管理、生活補助等のコストを支払っているわけですが、元をたどれば「ドイツ国民の税金」です。ドイツ産業界は、自社の「利益」のために難民を歓迎し、結果的に積み増されていくコストを「ドイツ社会」に押し付けているようにしか見えないわけでございます。

いずれにせよ、ドイツですら難民の奔流にギブアップしつつあります。現在、わたくしたちが目にしているものは、実のところの難民の奔流ではなく、戦後の世界を席巻した「人道主義」「多文化共生主義」「人権重視」、あるいは「個の利益」を中心に考えるグローバリズムを洗い流していく「歴史の奔流」なのかも知れません。

image by: Shutterstock

 

三橋貴明の「新」日本経済新聞
経済評論家・三橋貴明が責任編集長を務める日刊メルマガ。三橋貴明、藤井聡(京都大学大学院教授)、柴山桂太(滋賀大学准教授)、施光恒(九州大学准教授)、などの執筆陣たちが、日本経済、世界経済の真相をメッタ斬り!日本と世界の「今」と「裏」を知り、明日をつかむスーパー日刊経済新聞!
≪最新号はこちら≫

print
いま読まれてます

  • 難民受け入れから制限へ。ドイツが今も背負い続ける「重い十字架」
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け