米朝会談「共同声明」の短さを批判する人は歴史を見る目がない訳

 

過去の歴史の積み重ね

シンガポール共同声明は、確かに素っ気ないと言えるほど短いが、これもまた長い歴史の積み重ねの上に成り立っていることに留意する必要がある。

まず、シンガポール共同声明の全4項目のうち第3は「2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向け取り組む」とされており、この米朝声明が文在寅大統領と金正恩委員長による板門店宣言と表裏一体関係にあることが判る。

次に、その板門店宣言には、00年6・15南北共同宣言と07年10・4宣言とが南北にとって重要な意義がありそれを積極推進すべきことが謳われていて、同宣言が6・15および10・4と直接の脈絡関係にあることが知れる。このことは、南北間ではいわば常識だが、日本では余り理解されていない。

ちなみに、南北トップ級会談の歴史を振り返れば……

  1. 7・4南北共同声明
    朴正煕・金日成時代の1972年、韓国の李厚洛=中央情報部長と北朝鮮の朴成哲=第2副首相が平壌とソウルを相互に極秘訪問し、「外部の干渉を受けることなく、自主的に、平和的方法で、単一民族として民族的
    大団結を図る」こと(祖国統一3大原則)などを声明した。
  2. 南北基本合意書
    盧泰愚・金日成時代の1991年12月、韓国の鄭元植と北の延亨黙の両首相が調印したもので、72年の祖国統一3大原則」を再確認すると共に、南北の和解、不可侵、交流・協力について25カ条で合意した。またこれに付帯して「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」も発せられた。
  3. 6・15南北共同宣言
    金大中・金正日時代の2000年6月、初の南北首脳会談が実現し「南の連合制案と北側のゆるやかな段階での連邦制案が、互いに共通性があると認め、今後、この方向で統一を志向していくこと」などを謳った。
  4. 10・4南北首脳宣言
    盧武鉉・金正日時代の2007年10月、盧の平壌訪問で金との会談が実現、6・15宣言を受け継いで「休戦体制を終結させ、恒久的な平和体制を構築するため直接関連する〔北中米〕3カ国または、〔プラス南の〕4カ国の首脳が会談して終戦を宣言すること」、朝鮮半島の核問題の解決のため「6カ国協議の05年『9・19共同声明』と07年『2・13合意』を履行すること」などを打ち出した。この時、文在寅は盧大統領側近の秘書室長として実質的な取りまとめの責任者だった。これに続くのが、文自身が大統領になっての今回4・27板門店宣言ということになる。

このように、シンガポール共同声明は板門店宣言に直結し、その板門店宣言はこれまでの南北対話や6カ国協議の2つの合意文書とイモヅルのように繋がっている

それら全ては対話の失敗の歴史しか示していないのではないかと言う人がいるかもしれない。しかし私に言わせれば逆で、これらの苦心惨憺の言葉の積み重ねは、米朝が1953年以来、国際法的に戦争状態にあるという時代的基調が変わらないままであれこれと試みられてきたが故に失敗に終わらざるを得なかったのであり、米朝トップが初めて会談することで朝鮮半島問題の基調が一触即発の戦争の危険から平和と共存の可能性へと大転換した後では、それらが新しい時代を作り上げていくための資産として活きることになるのである。

あれがない、これが足りないなどとオロオロする前に、歴史の大きなうねりを捉えるべき時である。

 

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2018年6月25日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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