心理学者が憂慮する「日本社会の息苦しさ」客観主義は人を幸せにするか

 

言葉

しかし、私たち一人一人が、別々の世界に住んでいるということは、考えようによっては寂しいことです。どんなに愛し合っている恋人どうしでも、二人の間には超えることのできない「深淵」があるのです。

そうした孤独を忘れさせてくれるのが「言葉」です。

貴方と私の見ている世界は違うのですが、二人が同じリンゴを見て、「これはリンゴだね」「綺麗な赤い色をしているね」と言葉を交わすことで、私たちは同じリンゴを見ているのだと確認するわけです。

認識をつかさどる情報処理の仕方が個々に違うわけですから、それぞれが見た主観的リンゴ像は違うのですが、言葉を交わすことにより、そうした各自の主観像のもとになっているリンゴというものが「客観的」に存在すると二人は確信するのです。

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ここに、個人を越えた「客観的世界」というものが成立します。

それは、私たちが「言葉」というものを共有しているからできることです。

そして、私たちは、こうした言葉による無数の確認を繰り返して、社会一般で信じられているような「客観的世界像」というものを創り上げるのです。

人類が共有している世界を創り上げたのは言葉です。

ですから、聖書にあるように「初めに言葉ありき」なのです。

現代では、この世界を「科学」によって記述し表現していますが、この科学も煎じ詰めれば言葉です。数学も化学式も全てが言葉です。

AIのアルゴリズムも、AIがディープラーニングする際の膨大なデータも、全てが言葉なのです。

人類は、言葉によって、強力精緻な「客観的世界」を創り出し、共有することができました。確固たる文明も築き上げました。

ただ、忘れてはいけないのは、「言葉以前に」、個々人が隠し持つ固有の「主観的世界」が存在するということです。

敬天愛人

科学の限界が人類の「経験」の限界であることは周知の通りです。

たとえば、新しい観測方法が開発されるたびに、この宇宙のイメージは変わり、新たに発見された現象を説明するためには、新たな説明が必要になります。

従って、今後、新たな「経験」の拡がりが、現代の科学をより正確で包括的なものにしていくであろうと、私たちは楽観的に考えています。

しかし、こうした経験による限界以前に、言葉そのものが個別の主観的世界の差異を捨象(現象の共通性以外を捨て去る)することにより、はじめて客観的世界を構成する力を得ているという、原初的な言葉の限界があるのです。

そしてそれは、人類が「世界」を創造するそもそもの「出発点」に隠されていた限界なのです。

ですから、科学という言葉や法律という言葉によって創り出された「客観的世界」が強力精緻になった今日こそ、私たちは、言葉自体に潜む「限界」を認め、言葉によって表すことのできないものに対する「敬虔さ」を取り戻すべきではないでしょうか。

それは、未知の部分も含めて人を尊重し愛するということです。

言葉だけでは到達することのできない、未知の本源的存在に畏れを抱くことでもあります。

先哲が「神」や「天」という名で呼んでいた「言葉にすることができない本源的で偉大な何か」に対する敬虔さと、個人の内に潜む、触れることも言葉にすることもできない「世界」を尊重するということは、対を成して大切にされなければならないことなのです。

西郷隆盛も大切にした「敬天愛人」という言葉の重みは、この辺りにあるのかもしれません。

ですから、私はこの二つを無視する社会には住みたくありません。

そうした社会は、唯一公認の「客観的世界像」のみを個々人に押し付けます。

たとえ、一党独裁の中共が支配する全体主義社会ではなくとも、現在、そうした傾向が世界中に蔓延しています。日本でも、いわゆる「マスゴミ」の驕りと腐敗は目に余ります。

自分たちの都合の良いように「客観的世界」の偽物をでっち上げ、まるでそれが錦の御旗か何かであるかのように偽装して、これに対する「信仰」を個人に強要するような社会は、まっぴらごめんです。

最近、時折、息苦しさを感じるのは、コロナ除けのマスクのせいばかりではないのかもしれません。

image by: Shutterstock.com

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