もう二度と届かない贈り物。ゴルバチョフの死で人類が失ったもの

 

冷戦の終わりが意味したこと

その通りで、「冷戦の終わり」には難しいことは何もなく、「戦争を禁止する。他に何がいるのか?」、これ以上に大事なことが他にあるのか?というゴルバチョフの人類への問いかけにほかならなかった。

レアルポリティークというドイツ語の政治用語は、訳せば「現実政治」だが、国家と国家が国益を剥き出しにしてあらゆる手段を弄して駆け引きに夢中になる醜い姿を表している。その結果が戦争になるのはほぼ必然で、そのため欧州は何世紀にもわたって絶えることなく戦争を繰り返し、20世紀に入るや米国をも巻き込んで2つの世界大戦で皆殺しを競い合い、その行き着く所、ヒロシマ・ナガサキの惨禍を生んだ。もういくらなんでも「熱戦」は繰り返せないが、戦争そのものは止められないので「冷戦」ということになったとはいえ、それは核の使用だけは何とか思い止まるというだけのことで、朝鮮戦争、ベトナム戦争、旧ソ連と米国のアフガニスタン侵略、イラク戦争等々、数えきれないほどの大小の戦争があった。

だから「冷戦」が終わるということは、その前の「熱戦」も含めて、国家同士が武力で利益を奪い合うという野蛮を卒業しようということにほかならなかった。ゴルバチョフは率先、東側の戦争装置であるWPO(ワルシャワ条約機構)を解散し、その盟主としての旧ソ連の戦時統制型国家体制の解除にも着手し、アフガニスタン侵略も収拾した。ところが米国は冷戦の終わりの意味をそのようには理解しておらず、西側の戦争装置NATOの解散を拒んだどころか、「米国は冷戦に勝利し唯一超大国になった」と錯覚し、NATOの強化と東方拡大にまで突き進み、3分の1世紀もかけてロシアという言わば眠れる巨牛の間近まで包囲網を狭め、最後はとうとう棒で間違えて目玉を突いて暴走させてしまった。

結局、世界もロシアも、ゴルバチョフが望んだようにはならなかった。とはいえ、彼は「自分の国と世界の双方に信じられないほどの贈り物」すなわち「世界戦争と核戦争の脅威のない30年間の平和」を与えてくれた、とムラトフは言う。ゴルバチョフ亡き後、世界とロシアはその贈り物を紛失してしまったことに気づくのだが、今後このような贈り物がまた誰かから届くことは多分ないのかもしれない……。

この記事の著者・高野孟さんのメルマガ

初月無料で読む

 

print
いま読まれてます

  • もう二度と届かない贈り物。ゴルバチョフの死で人類が失ったもの
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け