大学全入時代が元凶?現代の若者が失敗を恐れるようになった理由

A high school hall or room set up ready for an end of year final exam to be sat by students. examination paper sitting on the edge of a desk or table.
 

ただし、大学は違う

ただし「大学」は違う、というのが僕の認識だった。

例えば大人になって時間ができてから、学び直しということで大学に入る人もいる。僕の知っている人の中には50代になってから女子大生になった人もいる。

大学はどうしても行かなければならない場所ではない。ましてや高校卒業後すぐに行かないなければならないというルールもない。学びたい人が学びたいときに行く場所、それが大学のはずだ。

ところが、大学が学問をする場所ではなく、就職のための履歴を獲得する場所になって久しく、さらに、大学全入時代(大学の定員の方が、受験生総数よりも多い時代)となった今、大学に対する認識も価値も大きく変わって来ている。

そういう時代だからこそ考えたい。

「合格」という結果が、何にも増して素晴らしいという価値観でいいかを。

別の言い方をすると「合格、即イコールおめでとう」でいいのかということです。

僕は称えるべきは結果ではなく、本気で挑戦したという勇気だと考えている。

高校で講演会を依頼されるとき、現場の先生たちからお願いされるのは、「今の子たちは素直でいい子なんですけど、失敗を怖がって挑戦しようとしないんです。先生の話で挑戦する勇気を持たせてあげてほしい」ということなんですね。

でも、どれだけ勇気を鼓舞しても、合格するとそれがたとえどんな受験であったとしても条件反射的に即「おめでとう」、不合格だと失敗といった評価を下される。

そのような状況下においては「何よりも合格することが大事」と高校生たちが考えて挑戦しなくなるのも無理はない。

「何よりも」というのは、「大学に入ったあとで困らないように、合格者として相応しい学力を身につけること以上に、どんな方法でもいいから合格することの方が大事だ」ということでもある。

先ほど、「特に真剣に勉強をする人が増えるほど100%は難しい。」と書いた。納得していない人も多いかもしれない。

でも実際に現場にいると合格者、不合格者の様子は世間のイメージとは真逆だったりする。

不合格者は真面目に勉強をして、誰よりも努力をした人ばかりだ。

適当に手を抜いて、誤魔化し誤魔化し受験勉強をして来た人はあまり不合格にならない。

「?」

いまいちピンとこない?

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