期せずして生じたゲームチェンジ
ニュー・コーク騒動が起きたことで、よくも悪くもコーラ飲料、そしてそのシンボリックな価値への関心が高まった。後にキーオは、この騒動を振り返り、「マスコミが無料でコークを大々的に宣伝してくれている時期」と述べている。期せずしてニュー・コークの発売は、人々の心の奥底を揺さぶり、コークがもつシンボリックな価値のかけがえのなさを人々が再認識する機会となった。
コカ・コーラ・クラシックの復活の後のコークの販売は堅調だった。1985年のアメリカにおけるコカ・コーラ社全体の清涼飲料の販売は、終わってみれば全体で9%伸びていた。そして1986年4月にはクラシックは再びペプシを追い抜き、アメリカの清涼飲料のトップ・ブランドの地位を取り戻す。
間違えないことよりも重要な経営者の役割
ニュー・コーク騒動で重要なのは、ニュー・コークが失速したことだけではなく、大切なのは味だけではないことに人々が気づいたことである。清涼飲料の爽快感の源泉は味だけではない。人間は意味の世界を生きている。味はそのひとつの要素だが、すべてではない。
ニュー・コーク騒動は、古くからのコークへの愛着を多くの米国人たちが見直し、あらためて認識を深める契機となった。人々がコーラ飲料をいかに選ぶかをめぐるゲームのルールに、変化が生じたのだ。
当時のコカ・コーラ社のトップ・マネジメントの一翼を担っていたキーオは、ニュー・コーク騒動を振り返り、さらに次のように述べている。
問題は味覚ではないし、マーケティングですらない。…これは人びとの心の奥底の問題だ。
…ようやく分かった。どれだけ巨額の資金をかけても、アメリカでニュー・コークを成功させることはできない。ゴイズエタも同じ結論に達した。…わたしはテレビ・カメラの前で、以前のコークを「コカ・コーラ・クラシック」として復活すると発表した。
(ドナルド・キーオ『ビジネスで失敗する人の10の法則』日本経済新聞出版社、2009年)
優れた経営者の条件は、間違えないことだと考えるのであれば、ゴイズエタとキーオは経営者失格といわれても仕方がない。巨費を投じた新製品の販売は、見込みを大きく下回ることになった。事前の調査では多くの人が支持したはずの新しい味は、激しい怒りと多くの抗議の標的となった。
だが、経営者には間違えないことよりも、もっと重要な役割がある。マーケティングは、人と人のコミュニケーションによって成り立つ。新局面を切り開こうとすれば、行き違いや取り違いが各所で避けがたく起こる。そこでは失敗をしないことも大切だが、それ以上に失敗から学ぶことが重要となる。
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