サッカー女子W杯の今こそ知るべき、ヘディングが脳に与える致命的悪影響

 

サッカー史に残る大事件

サッカーの母国であるイギリスでヘディングによる脳障害が注目されたのは、20年ほど前にさかのぼる。きっかけは、先のジェフ・アストル氏の死だった。

アストル選手はヘディングで得点を量産した、身長約180センチのFM。イングランド一部のウエストブロミッジで活躍。1970年のW杯メキシコ大会ではイングランド代表に選ばれる。

しかし、そのアストル氏は2002年に59歳で亡くなる。検死では、「職業病による死」(*1)とされた。

サッカーの母国イングランドで最初の事例といわれるアストル氏の死因は、イギリスで大事件となった。

その後、イングランドサッカー協会などは、10年かけてプロサッカー選手とヘディングの影響について、調査すると約束。しかし、結果はずさんな調査に終わった。

そのため、アストルの娘であるドーンさんは、2015年に財団を設立し、同じような境遇に立つ家族の支援や認知症リスクの教育・研究に携わる活動をしている。

ドーンさんは多くの人にリスクを理解してもらいたい。だからこそ、「残酷という言葉を超える状態」だった父親の闘病生活も隠さない。

病院で診察を受けると認知症の兆候が分かり、「もう施しようがない」とも宣告された。当時55歳だ。

 

「その日から本当に病気が進行したように感じている。ある時は冷凍食品や食べられない物を全て口に入れた。調理油やお酢など、液体状の物は全て飲もうとした」

 

「ある日は椅子から立ち上がっては座る動きを繰り返す。ずっと動き回り、疲れてくれるのを待つしかない。高音で叫ぶ日や、蒸し暑い日に窓やカーテンを閉め切る日もあった」

 

最晩年は紙おむつをはき、飲食には哺乳瓶が手放せなくなった。(*2)

サッカー界を動かした大規模研究

英グラスゴー大の研究チームは、2019年10月、スコットランド出身の1900~1976年生まれの元プロ選手7,676人(男性)と一般男性の死因を比較する研究を行う。

その結果、直接的な因果関係の証明はなされなかったものの、

「サッカーの元選手は認知症などの神経性疾患で死亡する可能性が一般の人よりも約3.5倍高い」

と結論付けた。またアルツハイマー病は約5倍、運動ニューロン疾患が4倍、パーキンソン病が約2倍高いとする(*3)。

イギリスではヘディングの是非について、20年ほど前から議論されてきた。1度に大きな衝撃はなくとも、頻繁に頭を打ち付ける動作は問題視される。グラスゴー大のウィリー・スチュワート教授は朝日新聞の取材に対し、

「10代でも70代でも、約3.5倍と変わらない。サッカーの認知症問題を科学的根拠で示すことができた」(*4)

とする。

元選手の間には、脳障害については40年ほど前まで使われていた牛革性のボールが原因とする人も多い。1986年にW杯メキシコ大会からは人工皮に代わり、「問題ない」との声もあるものの、教授は、

「確かに、昔の革は水を含むと重くなった。でもその分、球速や飛距離は落ちた。今は球速と飛距離は上がった。むしろ衝撃は高まっているかもしれない」(*5)

と否定する。

教授は、

「選手は例えば年に1度神経や脳の検査を受け、医師から参加資格を許可してもらうようにする。検査を受けなければ出場できないとかね」(*6)

と解決策として規定づくりを提言。また、子どもたちの状況を危惧する。

「校庭でボクシンググラブをはめた人が、10歳の子どもの頭に20発パンチしたら逮捕されるでしょう。でも、20回頭をめがけてボールを投げる指導者は採用される。同じ衝撃を頭や脳に与えているのに」(*7)

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