既述したようにフィリピン側は今回の行為を「排他的経済水域内の物資輸送だから国際法で守られた権利」と主張している。領有権争いが起きている海域でフィリピンの主張が有効か否かはこの際触れないで座礁した軍艦の話をすれば、実はシエラ・マドレの座礁は1999年と古く、かつ座礁は事故や偶然ではなく意図的であった。そしてフィリピンは24年前に故意に座礁させたシエラ・マドレをいまも軍事拠点として利用し、物資を輸送し続け、中国側をいら立たせてきた。
今回改めて中国が強い対応をしたのは、フィリピン側が〈生活物資の輸送を口実に大量の建築資材を運び込み、永久に占領するために岩礁の大規模な補強工事を進めた〉(東方衛視『東方新聞』8月8日)と中国側が判断したからだ。
仁愛礁を含む南沙諸島及びその周辺海域に「争う余地のない主権を有している」と主張する中国がこうしたフィリピンの行いを受け入れられるはずはない。中国側はシエラ・マドレの早期撤去を改めて要求したのだが、その際「こうした要求は過去に何度も行われ、フィリピン側もシエラ・マドレの撤去を何度も約束した」と主張したのだ。
この「約束」についてフィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領は、「(撤去するとの取り決めや合意は)承知していないし、もしそんな合意があったとしても、今すぐ破棄する」と言い切った。
また続いて中国国有の建設大手・中国交通建設集団(CCCC)が担うマニラ湾の埋め立て事業を中断すると発表したのだった。経済的威圧を取り出したフィリピンの対応に中国が苦虫をかみしめていることは想像に難くない。しかし、繰り返しになるが、中国の反応は不思議なまでに抑制的だった。
この謎に答えているのが、中国社会科学院王暁鵬研究員の以下の説明だ。
「国連海洋法にせよその他の国際法にせよ中国には法執行の権利があります。この権利を主張するためにさらに厳しい措置を取ることもできたのですが、海洋問題の食い違いによって両国の協力の基本的枠組みに影響し、南シナ海情勢がアメリカなど西側諸国の落とし穴にはまるのを避けるため、抑制的な行動をとった」(東方衛視『東方新聞』8月8日)
つまりアメリカの存在だ。事実、中比の対立激化を受けてフィリピン側が中断したマニラ湾埋め立て工事を担うCCCCは、アメリカが南シナ海の軍拠点化を問題視し警戒対象とした企業なのだ。
実は中国はいま東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係がとりわけ重要で、その流れでフィリピンとの関係も大切にしているのだが、そうした理由以上に強い動機にとなったのが「アメリカの罠」に陥ってはならないという警戒なのだ──
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2023年8月13日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
この記事の著者・富坂聰さんのメルマガ
image by: Tao Jiang/Shutterstock.com