「永遠の命」を描き切ろうとした手塚治虫『ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ』に見る“迷い”と“苦悩”の欠片

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ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ』では、まず第1話「医者はどこだ!」が原画スキャンからの4色刷りで収録され、少々黄ばんだ紙白部分や吹き出しに貼られた写植、入稿した編集者のダーマトの書き込みなども観察することができる。

次に、後半数ページにわたってかなりの改稿がある第55話「ストラディバリウス」雑誌版と単行本版を比べながら読むことができ、なぜ手塚がそのような手を加えたか気になる。さらに、単行本未収録作品である第67話「緑柱石(その1(その2)」(雑誌版)と、それをもとに大幅に再編集したエピソード「ふたりのピノコ」を掲載。「縁柱石」と「ふたりのピノコ」では、奇病を調査するキーマンとなる若医師の立ち位置にも変更が見られる。

続いて第101話「侵略者」の雑誌版と未使用原稿。未使用原稿は過去の刊行物でも収録されたことがあるが、今回それに加えて新たに現存が確認されたコマも掲載され、強迫観念におそわれる少年の乱れる心境を、手塚がいろいろな描写で表現しようとした足跡が見て取れる。

第104話「ピノコ西へいく」、第143話「空からきた子ども」、第145話「霊のいる風景」、第227話「刻印」の雑誌版と単行本版との差分は、コマの並び等が整理されて単行本版のほうが読み易い印象もあるが、初出雑誌版のざりっとした粗削りなテンポのコマ割りも捨てがたく、読み手によって好みが分かれそう。

第232話「虚像」は、雑誌掲載時版と制作途中原稿のコピーが1ページ毎に見開き左右で見比べられるようになっている。製作途中原稿の控えは当時の担当編集者が所蔵していたもので、おそらく入稿より先に写植を作成するためのいわゆるネーム取りに使われたものだと思われるが、ペン入れ前の手塚のラフな鉛筆による伸びやかな下書き線が楽しめ、お得感が高い。

最終話「人生という名のSL」は、単行本版と雑誌版の差分に加えて下描き原稿2頁分も掲載され、これもヒゲオヤジの車掌の慈悲に満ちた表情が手塚のソフトタッチで描かれ味わい深い。

他にも、「灰とダイヤモンド」「悲鳴」「ふたりの修二」「キモダメシ」各回の雑誌版と単行本版の比較や、「チャンピオン」連載開始当時の本文予告、雑誌表紙原画、未使用原稿、アニメ『100万年地球の旅 バンダーブック』(1978)設定資料など貴重な画稿を集めた「ブラック・ジャック アーカイブス」と、手塚が生前に本作に対する思いを語った文章が引かれた濱田髙志による解題が収録された。B5判全384頁の本書にぎっしり、漫画で永遠の命を描き切ろうとした手塚治虫の創造力、独創力が詰め込まれ、存分に堪能できる一冊となっている。巻を措くあたわず、冬の長い夜の朋として、是非。(文中敬称略)

 

本多八十二(ほんだ・やそじ):漫画原作者。元編集者、現在は調理師。作品に『猫を拾った話。

 

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ブラック・ジャック ミッシング・ピーシズ

著者:手塚治虫
定価:4,950円(本体4,500円+税10%)
発売日:2023年11月20日
発行:立東舎/発売:発行:リットーミュージック

立東舎の手塚治虫特設サイト

image by: ©️TEZUKA PRODUCTIONS

本多八十二

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