なぜ“強いドイツ”は「劣化」したのか?動かぬ鉄道、学力低下、荒れる国土…かつての勇姿は見る影もなし

 

それだけではない。住宅は極度に不足しているし、何年も前から言われているデジタル化も掛け声ばかり。さらに一番のネックは人手不足だ。

そこで、難民を入れ、それを速やかに移民に昇格させて、安い賃金で働いてもらおうと目論んだが、今では無制限に入ってくる難民の世話で、政府も自治体も身動きが取れない。しかも、彼らが働いてくれればまだ良いが、今のところ難民も移民も、ほとんどが税金にぶら下がっている状態で、国と州の財政が極度に圧迫されている。

これら失政の元は、どう見ても16年間のメルケル政権だが、現政権の罪は、それを修正せず、さらに傷口を広げ、取り返しのつかないところまで進めていることだ。

特に最大の失敗は、ウクライナ戦争によるエネルギー危機の真っ最中に、産業国ドイツにとって最後の頼みの綱であった3基の原発を止めてしまったこと。この暴挙により、ドイツは自らエネルギーの高騰、供給の不安定という困難に突入、産業立地としての競争力を一気に失いつつある。

そもそもドイツは、原発だけでなく、石炭火力も減らしている最中で、その代わりに50基近くのガス火力発電所を建てるつもりだ。しかし、完成までに時間がかかるし、完成した暁に、果たして安いガスが入手できるのかどうかも不明。それよりも問題は、ドイツ経済がそれまでもち堪えられるかどうか。多くの企業はすでにドイツに見切りをつけ、外国に脱出しようとしている。

また、喫緊の問題は、政府の金欠。今年は、1949年のドイツ連邦共和国建国以来、来年の予算を国会で通せないまま年を越す初めての年となるという。なぜか?

前述のように、財政規律の厳しいドイツでは、新規借入はGDPの0.35%を超えてはならないと決められている。そのラインを超えて借金が認められるのは非常時のみだが、そのお金は、他の年や、他の目的に転用してはならない。

ところが、ドイツ政府はそれを知りながら、21年のコロナ対策のためのお金のうち残っていた600億ユーロを、素知らぬ顔で「気候とトランスフォーメーション基金」に付け替えた。そして、野党に指摘されても無視し、バラマキ予算を組んで悦に入っていたのだが、11月15日、憲法裁判所(最高裁に相当)がそれを違憲と判定し、その途端、自慢の予算案は、政府の手から滑り落ちた。

それでも政府は何が何でもバラマキ政策を続けたい意向で、来年は炭素税を50%値上げすると表明。これはガソリンや暖房費に直接響くだけでなく、ほぼ全ての物価を押し上げる。しかもその他にも、国家経済や国民生活を無視した多くの“気候保護政策”を並べた。

民間企業なら、これだけ無茶をすれば倒産だろうが、ドイツ国は幸か不幸か、傾きはしても潰れない。しかも、国民を苦しめた政治家が罰を受けることもない。

ただ、国民はもう黙ってはいない。12月17日以降、農民やトラックの運転手など、直近で皺寄せを受ける人たちが決起し、全国で大々的な抗議デモを繰り広げ始めた。そうでなくても今、政府の支持率は地に落ちている。この調子では、一般国民がデモに合流する日も近いかもしれず、そうなれば、ドイツの治安は不穏になり、政治は一層混乱するだろう。

かつて強かったあのドイツ、いったいどこへ行くのだろうか?

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : Achim Wagner / Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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