英国人スパイが振り撒くデマゴギー
そこで早速、石瀧著『玄洋社/封印された実像』を繙(ひもと)いて見ると、「はじめに」の最初から2~3ページ目で、英国の元情報部員とか言うリチャード・ディーコンなる人物が『日本の情報機関』(時事通信社、83年刊)でこう述べているのを紹介している。
▼日本の諜報活動の本格的な海外支部として生まれたのは、玄洋社のそれである。「玄洋社はテロ集団であり、スパイ養成学校であった」とG・R・ストーリー教授は述べている。
▼玄洋社の指導者たちは、中国の秘密結社の幹部を「極楽楼」へと誘惑するために、日本と中国に売春宿を作った。こうして、酒と女に湯水のごとく金を使わせることにより、中国秘密結社の資金を奪うと同時に、玄洋社の資金に充てることができたのである。
▼玄洋社の活動は、秀吉が朝鮮征服を企てて失敗して以来、日本が組織的な情報収集によって戦争への道を開いた最初のケースである。……玄洋社はスパイ養成所としての役割を保持し……東京だけでも、諜報技術の講座を持つ国家主義者養成校と外国語学校の2つの学校を擁していた。……
国家主義者養成校とは国士舘(大学)、外国語学校とは興亜専門学校のことらしいと推測はできるが、全くの曲解・邪推にすぎず、逆に英国ご自慢の情報収集・分析能力とはこんな程度のものなのかと笑ってしまうほどなのだが、それでもGHQやこういう不良外人の類が振り撒くデマに簡単に引っかかるのが、日本人の情けなさである。
中島岳志『アジア主義』の物差しの伸ばし方
そこで参考になるのは、中島岳志『アジア主義/西郷隆盛から石原莞爾へ』(潮文庫、17年刊)の歴史への物差しの当て方である。
その第3章は「なぜ自由民権運動から右翼の源流・玄洋社が生まれたのか」。これまでの通俗的な言説では、自由民権の歴史の中で玄洋社やその後継の思想や運動を扱うのはタブーで、なぜかというと玄洋社は初期には確かに「民権」リベラルに基づいて活動していたが、「途中から大きく方針転換をして右派的な国権論へ転向してしまった、言わば裏切り者」なので無視して構わないということになっていた。
しかし、これはいかにも「講座派」流の皮相的な理解で、竹内好が『日本とアジア』(現在は、ちくま学術文庫、93年刊)ですでに示唆していたように、西郷隆盛、頭山満(玄洋社)、福沢諭吉、中江兆民、田中智学(国柱会)、岡倉天心、津田左右吉、内田良平(黒龍会)、中野正剛(東方同志会)、北一輝・大川周明(猶存社)、石原莞爾(東亜連盟)といった人々の多くは「右翼」という単純なラベルで一括りにされることが少なくなかったが、到底そういうことで収まるはずのないそれぞれに強烈な個性を持つ独立巨峰であり、しかし反国権・反薩長・反東條、反欧米帝国主義・アジア革命支援ということでは大まかには共通する連峰を成していたのである。それを中島岳志は「アジア主義」という側面から括り直した。
その一々に入り込んでいくと果てしがないので、今後折に触れて取り上げていくことにするが、その前にもう1つ厄介な問題がある。西郷隆盛とは一体何者だったのか、である。明治10(1877)年2月に西南戦争が起きると、それに呼応して旧福岡藩士が武装決起し、少なくとも103名の若者が戦死・自刃もしくは獄死し、さらに多くが静岡、和歌山、岐阜、神戸など各地の刑務所に送られて服役した。「福岡の変」と呼ばれる。
頭山自身は、それ以前の事件で山口の萩で服役中でこれに参加していないが、彼の西郷に対する敬慕の念は強く、「西郷さんに続け」と口癖のように言い続けた。『玄洋社社史』にも、「玄洋社は実に是等西南呼応の残党によりて形成せられたる団結なり」と宣言されている。
さてそこで、西郷のいわゆる「征韓論」とは何であり、明治6(1873)年政変でなぜ西郷、板垣らは辞職しなければならなかったのか。そしてその事態は頭山以後の「アジア主義」の思想と運動の展開とどう繋がっていくのか……。それはまた次回に吟味することとしよう。
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