核抑止が「新たな戦争の火種」になる皮肉。各国の“不信”と“軍拡競争”が「核兵器なき世界」を遠ざける恐ろしい現実

 

■外交交渉に舵を切ったアメリカ側の「切実な事情」

では、どうしてここにきてアメリカ政府は外交交渉に舵を切ったのでしょうか?

その背景には、アメリカ側の切実な事情があります。米軍高官らによれば、主要なミサイル防衛システムの迎撃ミサイルはすでに80パーセント近くを使い果たしており、弾薬備蓄は「危険な水準」にまで落ち込んでいます。

とりわけイランとの戦闘で迎撃ミサイルの消耗が著しく、開戦前と比べてTHAAD(高高度迎撃ミサイルシステム)用は5分の4近く、防空システム「パトリオット」用はおよそ半数を使い切ったといいます。米戦略国際問題研究所(CSIS)の推計では、開戦前の備蓄はパトリオットの最新型2種類で約2,200発、THAADで452発だったとされていますから、この消耗ペースがいかに急激なものかがわかります。

米陸軍の地対地ミサイルであるATACMSとPrSMについても、大半を使い切ったとロイター通信が報じており、仮にトランプ大統領がイランに対する大規模攻撃の再開を決断したとしても、有人機による空爆に頼らざるを得ない可能性が浮上しています。

湾岸アラブ諸国の多くも米国の防空システムに依存しているため、この備蓄不足はイランの報復に対する自国の防衛能力にも直結しかねないという不安を抱えています。

つまり、今のアメリカは「強気な交渉姿勢」と「実際の軍事的余力の乏しさ」という、ふたつの現実の間で綱渡りをしている状態といえます。

イラン側がこの事情をどこまで正確に見透かしているかはわかりませんが、革命防衛隊主導の現体制がエスカレーションを有力な戦略として位置づけつつあることを踏まえると、交渉の主導権は、少なくとも現時点では、ワシントンが一方的に握っているようには見えません。

皆さんにはこの状況がどう見えているでしょうか?

私には、11月に中間選挙を控えるトランプ大統領にとって、原油価格のさらなる高騰につながる戦闘再開は避けたいところであり、イラン側はまさにこのアメリカ国内の事情を見透かして、強硬姿勢を崩さずにいるように見えます。

交渉の世界では、「相手が降りることができない事情をどれだけ正確に把握しているか」が、力関係を大きく左右します。

今回のケースに当てはめれば、イラン側は「米連邦中間選挙という時限装置」と、「ミサイル備蓄という物理的な制約」という、アメリカ側の”ふたつの弱み”を同時に握っているように見えます。

ちなみに、これほど明確な非対称性がある交渉は、私の経験上、着地までにかなりの時間と忍耐を要します。

交渉が長引く案件では、双方とも「時間は自分の味方だ」と考え始めた瞬間に、最も合意が遠のく場面を何度も見てきました。“時間”は交渉を成熟させることもありますが、同時に立場を硬直化させることもあります。

仲介国であるカタール、オマーン、パキスタンが「期限を設定しない」という姿勢を取っているのも、あえて時間をかけることで双方の焦りを均等化させようという”知恵”なのかもしれません。

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