誤算、後悔、すれ違い…216億円の名画購入をめぐるドタバタ劇

 

大臣とレンブラントと美術館

この物語の第一幕は、パリのロチルド家の寝室ではじまる。寝台に面した壁には、オーピェン・コピット婦人とその婚約者、マールテン・ソールマンスを等身大で描いた、2枚の肖像画が掛けられている。

この半年間、2人の肖像画の行き先は定まらないままだった。アムステルダムか、パリか、はたまた中国の大富豪の元に引き取られるのか?

とりあえずはっきりしていたのは、フランスのロチルド家がこれらの絵画を売りに出していたことだけ。

この作品の輸出許可を発行したフランス文化省も、これらの作品を国の財産とはみなさず、自国で購入するつもりもなかった。

これが、フランスの文化相ペルラン女史の大きな誤算であり、これから起こるゴタゴタの発端となる。やがて「1877年以来、ロチルド家の所蔵品としてフランスに在った2作品を、みすみす他国に譲り渡してよいのか?」と国内の各方面から批判を浴びることになり、ペルランはなんとか仕切りなおしをしたいと考えはじめた。

そんな彼女にとって、これらの作品を虎視眈々と狙うオランダのアムステルダム国立美術館は、邪魔者以外の何者でもない。しかも同館長のペイベス氏は、持ち前の不屈の精神と名誉心を発揮して、ロチルド家が提示した216億円をかき集めようとしていた。

ここで登場する第3の役者が、オランダの文化相ブッセンマーカー女史である。

彼女は、急にそれだけの資金を集めようとする館長の試みをさすがに無理と見て、フランスの「同僚」、ペルラン文化相に相談をする。

代わりに両国で共同購入したらどう? それぞれが1枚ずつ所有すれば…。

しかしこれも、後に誤算であったことが判明する。

ブッセンマーカーにとって「意向」にすぎなかったこの提案が、ペルランにとっては「拘束力を持つ取り決め」だったのだ。

フランス文化の守護者たる我が身の名誉を挽回する絶好のチャンスだったので、ペルランがそう主張するのも無理はない。

重要にして稀少なレンブラント作品は、仏蘭共同購入のおかげでヨーロッパにつなぎ止められ、フランスでは無敵の概念「文化振興」の象徴となるのだ…!

2人の文化大臣がタッグを組んだことで、ペイベス館長の熱意と目標達成衝動に拍車がかかる。

だが、半年間資金調達に奔走してきた彼も、国の助けがなければ実現は無理だという事実と向き合っていた。そこで、民主66党の党首を介して、下院議会に協力を求めることにした。

この党首は、学生時代に美術史と考古学を専攻し、しかも競売人としての学もある、ユニークな経歴の持ち主である。今回の壮大な絵画購入劇で、館長に一役買ってくれと請われたときには、決して悪い気がしなかっただろう。

そして、この党首の呼びかけに応じて、7人の党首が秘密裏に会合した。場所はハーグのビネンホフ(オランダの永田町)の真横に建つ、マウリッツハウス美術館である。

フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」など、世界的名画に囲まれた独特の雰囲気の中、民主66の党首は同僚たちの気分を盛り上げ、ペイベス館長が雄弁をふるった。

文化相がフランスと交渉中であるのを知る党首もいたが、蘭仏共同購入のシナリオに元から賛成でなかった党首もいて、賛成多数で協力が決定した。

2作品の購入に必要な額の半分、108億円を政府が拠出することになった。

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