ここまでのセインコーチとカーター投手とのやり取りから、どのようなことを感じるでしょうか。
指導者等において、学ぶべき点があるように思います。それは、コーチが答えを与えるのではなく、選手自身に考えさせ、意見や考えを引き出している点です。
例えば、セインコーチは、カーター投手に「持ち球は何か」と質問しています。コーチは、1週間にわたって、投手たちの練習を見ているのですから、各投手の持ち球は分かっているはずです。
ですから、コーチが、「君の持ち球は、ストレートとカーブ、スライダー、チェンジアップだね」とも言えたはずです。しかし、セインコーチは、あえて自ら答えを出すのではなく、選手に「持ち球は何か」と訊くことで、選手自身に考えさせることで意見や考えを引き出しています。
また、セインコーチは、選手への質問を通じて、選手自身に自分の強み、長所を気づかせようとしているのではないでしょうか。
カーター投手自身も、ストレートには特に自信があって、球種の少なさを補うために練習しているスライダーとチェンジアップといった変化球には自信がないということは、なんとなく気づいているように思います。選手がなんとなく気づいていることを、セインコーチは、その選手の良さを褒めたり、色々と質問することで、選手自身が考えて、自分の強み、長所を明確にしようとしています。
例えば、カーター投手の自信のある球種を明確にする決め手の質問として「三振を取れる球は何だ?」と訊いています。その質問に答えることで、カーター投手は、自分が自信を持っている球種が、ストレートであることを明確するきっかけになったように感じます。
そして、セインコーチは、常に質問をすることによって、カーター投手自身が考えて出す考え、意見を引き出し、それを大事にしようという意図があったのではないかと思います。
では、セインコーチとカーター投手との会話を続けていきましょう。
セインコーチ 「そうか、三振を取れる球は何だ?」
ジム・カーター 「それはもうストレートの速球です。これはちょっと自信があります」
セインコーチ 「ところで、最近の最優秀投手、例えば、トム・ウィリアムス、ジョニー・ホートン、クレイグ・シモンズの特徴は何だと思う?」
ジム・カーター 「はい、3人の特徴は、豪速球だと思います」
セインコーチ 「その通り、君も豪速球投手の仲間入りしたいと思わないか」
ジム・カーター 「はい、できれば、そうなりたいです。」
セインコーチ 「よし、そうと決まったらこうしよう。今年の春のキャンプでは、ストレートだけ練習してみよう。練習でも、ウォームアップでも、オープン戦でも、とにかくストレートを徹底的に練習してみよう。4月からシーズンが始まったら、どの試合でも、投げる球の8割から9割はストレートでいい。そのかわり、三振をとりたい時、ストレートで絶対に三振を取れるぐらい練習してくれ」
このケーススタディの最後には、下記のように書かれています。
セインコーチからこう言われて、カーター投手も大納得です。なぜなら、お前はストレートとカーブしかないから勝てない、と前のコーチに言われていました。しかし、球種を増やしたもののチェンジアップもスライダーも切れが、あまり良くなく、壁にぶつかっていたのです。
でもセインコーチは、難しいことを言わずに、憧れの豪速球投手への変身を促したのです。セインコーチは、ともかく彼(ジム・カーター投手)が一番得意なストレートに磨きをかけろ、と言っただけでした。春のキャンプで、カーター投手は、徹底的にストレートを練習し、相当の自信を持つことができました。
そのシーズン、ジム・カーター投手はストレートとカーブだけで、なんと26勝をあげ、アメリカンリーグの最優秀投手に選ばれました。