巨大台風が襲う日本には「ハリケーン・ハンター」で救える命がある

 

気象衛星では無理なデータを入手

Q:ハリケーンハンターとは、どんな航空機で、何をするのですか?

小川:「ハリケーンは、大西洋北部や日付変更線以東の太平洋北部などで発生する熱帯性低気圧のうち、最大風速が64ノット(約33m毎秒)以上のものをいいます。アメリカの大西洋岸──フロリダ半島、メキシコ湾、カリブ海付近をしばしば襲うハリケーンが典型的ですね」

「この警報を最初に発したのは、キューバのハバナにあったベレン学校(イエズス会が建て、後にあのフィデル・カストロも通った)の気象観測所の局長ベニト・ヴァインズ神父で、1873年のことだそうです。彼は93年に亡くなるまで警報を出し続け、ハリケーンが来そうな地域では警報旗を出し、夜間は照明を当てることになっていました。これを引き継いだのがアメリカ陸軍信号部隊とアメリカ気象局で、当初はジャマイカとキューバを拠点としていました。1909年には船から無線でハリケーン情報が入るようになりましたが、進路予測が始まったのは20年代からとされています」

「1935年には、アメリカ人テストパイロット・曲芸飛行士でキューバ陸軍航空隊の創設に尽力したレナード・ポーベイ大尉が、カーチスホークII複葉機でハリケーン(の周囲)を偵察飛行し、ハリケーンがフロリダ半島先端に向かって北上しているとの情報をもたらしました。実際にハリケーンの中に航空機が初めて突入したのは1943年7月のことです。テキサス州ガルベストンで英戦闘機パイロットに計器飛行の訓練をしていた米陸軍中佐ジョセフ・ダックワースが、英兵たちと〝賭け〟をして単発練習機T-6テキサン(航空自衛隊でも練習機として使っていました。零戦に似た形なので塗装を施して、映画でよく零戦役を務めます)で飛び立ち、ハリケーンの目の中に突っ込んだのです。ただし、このハリケーンは風速42m以下と弱い『カテゴリ1』でした」

「1945年には、前年から活動を始めた米軍の第3気象偵察中隊が第53気象偵察飛行隊となり、46年から『ハリケーン・ハンター』と呼ばれるようになりました。当時使っていたのはB-17、WB-25、WB-29(それぞれB-25とB-29の天候監視バージョン)といった機体です。小学校低学年だった私が台風の目の中を飛ぶ気象観測機の写真を見たのはWB-29を改造したWB-50で、むろんハリケーン・ハンターという呼び名など知らず、ただただ、すげえ!と驚きの声を挙げていました(笑)。この部隊は世界で唯一の軍事気象偵察部隊とされ、73年からミシシッピ州キースラー空軍基地を拠点として、現在はロッキードWC-130Jを11機運用しています」

「WC-130JとC-130J輸送機の違いは、航続距離を長くするための外部燃料タンク二つ、左翼の放射計ポッド、追加乗員2名、貨物室に搭載する気象計器だけで、とくに機体が補強されているわけではありません。乗員は正副操縦士・ナビゲーター・空中気象偵察官(ARWO)・気象ロードマスターの5名です」

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WC-130J気象観測機(2007年、米空軍撮影)

「気象予報は、気象観測衛星からのデータによって画期的に進歩しました。しかし、衛星はハリケーンの内部気圧を決定できず、正確な風速情報も提供できません。ハリケーンや台風の中心気圧や最大風速/最大瞬間風速は、ふつうは推定値なのです。そこで、こうしたデータを直接観測するために航空機が必要となります。船はスピードが遅く、台風周辺では強風と波浪で遭難のおそれすらありますから、使いにくいのです」

「第53気象偵察飛行隊のWC-130Jは、ハリケーンの形成段階では、その外縁部の海上500~1500フィート(150~460m)を時計回りに飛び、風が反時計回りに吹いて『閉鎖系』をつくっているかどうか調べます。間違いなくハリケーンと確認されると、長さ105カイリ(200km弱)の足をもつアルファ字型に2回(十字を2回描くように)飛びます」

ハリケーンの上を飛ぶわけではありません。ハリケーンの頂上は高度5万フィート(1万5000m以上)もあり、ふつうのジェット機が飛ぶ最高高度4万1000フィート(1万2500m)より高いのです。しかも、ハリケーンで観測すべきは、人びとに影響を与える地上にもっとも近い部分。WC-130Jがハリケーンの中を飛ぶというのは高度1000~1万フィート(300~3000m)の範囲で、カテゴリ3以上のハリケーンでは高度1万フィートで進入します」

ハリケーンの中では、ドロップゾンデ(パラシュート付きの筒状装置で、各種センサーと航空機への送信機を備え、落下中に毎秒2回、温度・湿度・気圧・風速・風向などを送信してくる)を落とすなどして各種データを集めます。データは通信衛星を介して、フロリダの国立ハリケーンセンターに直接送られます。飛行時間は最大16時間、平均11時間です。WC-130Jは、優先度の高い順に次のようなデータを収集します」

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ハリケーン観測用のドロップゾンデ(2004年、米空軍撮影)

ハリケーンハンターの収集データ】

  • 飛行レベルにおけるハリケーンの渦中心の地理的位置と、ハリケーン表面(外周)からの相対的な位置
  • 海面から1500フィート(約460m)以内、または計算された925hPa/850hPa/700hPaの高さからのドロップゾンデ投下または外挿によって決定されたハリケーン中心の海面気圧
  • 最低気圧が700/850/925hPaとなる高度
  • 地表および飛行レベルの風のデータ(飛行経路にそった連続観測)
  • ステップ周波数マイクロ波放射計(SFMR)による地表風データ
  • 熱帯低気圧コア循環の高密度3次元ドップラー半径速度
  • 飛行レベルでの温度
  • SFMRによる降雨率
  • 海面水温

53rd Weather Reconnaissance Squadron “Hurricane Hunters”(米空軍公式サイト)

Hurricane Hunters Association(ハリケーンハンター協会)

※最上部に並ぶメニューのうち、「Cool Pix」からハリケーンの目の中の写真、レーダー図、航跡図などを見ることができる。「サイバーフライト」では、離陸から帰投までのプロセスが詳しくわかる。

「軍事気象偵察機は、これまでに6機が墜落し、乗員53名が死亡しています。1974年、グアム島アンダーセン空軍基地の第54気象偵察隊『タイフーン・チェイサー』に配属されたWC-130は10月、フィリピンに大きな被害をもたらした台風『ベス』を観測するためクラーク空軍基地から飛び立ち、行方不明となりました。機体や乗員の痕跡は発見されず、乗員6名は全員任務中の遭難死とされました」

「ところで、ハリケーンハンターには、第53気象偵察飛行隊以外にアメリカ海洋大気庁(NOAA=National Oceanic and Atmospheric Administration)に所属する航空機があります。拠点はフロリダ州レイクランドにあるNOAA航空機運用センターで、4発ターボプロップのロッキードWP-3Dオライオン2機のほか、ガルフストリームIV-SPなどでハリケーンを観測しています。ここはビーチクラフトキングエア350CER、デハビランドDHC-6-300ツインオッター、ガルフストリームターボ(ジェットプロップ)コマンダーAC-695Aといった航空機も持っています。これらはハリケーンハンターではなく、海洋哺乳類の個体数調査・海岸線の変化観測・雪を含む水資源調査、大気研究などに使われます」

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アメリカ海洋大気庁(NOAA)のWP-3D気象観測機 (2017年、同庁撮影)

● NOAAハリケーンハンタ

● NOAA航空機運用画像

The NOAA Hurricane Hunters(フェイスブック)

NOAA Hurricane Hunter Aircraft B Roll

※「Bロール」は、本編ではないサブ的な資料映像や参考映像のこと。

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