巨大台風が襲う日本には「ハリケーン・ハンター」で救える命がある

 

観測精度30%向上で抜群の経済効果

Q:2020年9月上旬の台風10号は、戦後トップ3に入るような勢力とされ、850万人もの人びとに避難指示・避難勧告が出されたのに、死者もけが人もそれほどではなかった。先行した台風8号や9号が東シナ海をかき混ぜて海水温が下がっていたことを、気象庁は事前に気づかなかったようです。航空機で直接観測すれば、最新で正確な海水温を測ることができたのでは?

小川:「そうでしょうね。気象庁気象研究所の和田章義室長はNHKの取材に、『台風9号が朝鮮半島に上陸してから10号が東シナ海に向かうまでの期間が比較的短かったため、海面が雲に覆われ、衛星から水温を推計して予測に使うデータとして入手することができなかった』と説明しています。JAXAの第一期水循環変動観測衛星『しずく』のデータを見ても、9月4~6日ころは東シナ海のデータがあまり取れていないようです」

台風10号 勢力弱まった要因 先行台風が海水温低下させた影響か
(NHK NEWS WEB 2020年9月7日20時46分)

「先に紹介した『乗りものニュース』記事では、名古屋大学宇宙地球環境研究所の坪木和久教授が航空機による台風の観測を提唱し、2017年から実験を始めています。日本付近では、1987年まで米軍が航空機による台風の観測をおこなっていましたが、経費がかさむことや、気象衛星の観測で台風の位置や強さを推定できるようになって中止されました。ところが、坪木教授によると『猛烈な台風』や『スーパー台風』が増えてくると誤差が大きくなるそうです。弱い台風の観測結果は日米で大差ないが、強い台風の観測結果の発信は、日本が少なく、アメリカが多くなる。これは航空機で直接観測をしない日本が、強い台風をとらえきれていないから、ということのようです」

豪雨と暴風をもたらす台風の力学的・熱力学的・雲物理学的構造の量的解析
(研究代表者:坪木和久 名古屋大学 宇宙地球環境研究所 2018年9月22日)

「地球環境の研究者によると、気象学会を中心に、台風に突っ込んで観測ができるジェット機または飛行艇などの整備を国に働きかけているようです。しかし、実現は容易ではなく、気象庁の観測網は予算不足から削減され弱体化していると聞きました。私たちにごく身近な気象衛星『ひまわり』すらも、気象庁単独の予算では製造・打ち上げ・維持管理が非常に厳しく、つねに他省庁との相乗りや民間委託といった経費削減策が話題となります。最近、気象庁サイトに民間の広告を入れて広告収入を稼ぐという報道がありました。ホームページによる広報は気象庁の重要な本来業務。それに広告とはいかがなものかと思いますが、それほど財政的に苦しければ、気象庁がタイフーン・ハンターを持つなど望み薄でしょう」

「しかし、当メルマガが以前からお伝えしているように、海上保安庁には使えそうなジェット機があります。ファルコン900が那覇に2機、ガルフストリームVが羽田に2機いて、後者の航続距離は1万km以上です。また海上自衛隊は対潜哨戒機P-3Cの100機体制を長く続けましたが、これは米海軍が世界の主要海域に展開する200機と比べても、担当海域当たりでは世界でダントツに多いのです。2009年からは最初のP-3Cの退役が始まり(現有は50機)、独自開発した後継機P-1に置き換えていく予定で、余ったP-3Cを東南アジアに無償供与する構想もあります。ならば、何機かタイフーン・ハンターに改造し、気象観測部隊をつくるといった手も考えられます。人員は海上自衛隊にしわ寄せが行かないよう、外国人を含む民間人で対応できるでしょう」

「アメリカでは、ハリケーン・ハンターによって予測精度が30%ほど向上した、とされています。ならば、近年の台風──たとえば2016年の第7/9/10/11号、19年の第15/19号による被害額や避難コストを算定し、精度が3割上がればそれらをどの程度抑制できるか、試算してみるべきでしょう。今回の台風10号でも、実際に避難した人は何人いて避難コストはいくらくらいか、行政の避難所開設コストはどうか、西日本の公共交通機関を止めたことによる減収はどうかと計算し、確度の高い予報ができれば必要なかった対策のコストも、おおよそわかるはずです。それが年に何百億円といった額ならば、日本政府がそれと同額の予算でタイフーン・ハンターを運用しても、誰も損はしません。新政権には、仏作って魂入れずの状態になっているNSC(国家安全保障会議)に命を吹き込むうえでも、ぜひ検討してもらいたいものです」(聞き手と構成・坂本 衛

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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