一方、鈴木氏は、日本の農業が過保護でその結果として競争力が低下したというのは間違いだと主張し、米国の強い競争力の源泉について次のように指摘する。
「アメリカは穀物輸出補助金だけで多い年には1兆円近くも使う。補助金で安くした農産物で世界の人々の胃袋をコントロールするという、徹底した食料作戦を実行している」
輸入されている主要農畜産物のうち、米国産が占める割合は小麦73%、トウモロコシ64%、大豆73%、牛肉42%というありさまだ。
貿易自由化で食料の米国依存が進み、国内の農業が疲弊していってもなお、政府が食料自給率を上げようとしなかったことについて、鈴木氏は「食料自給率を上げて、国民の命を守るということは、アメリカからの輸入を減らすことを意味する。そのため、政治家も官僚も、そうした方向性の政策はやろうとはしない」と述べ、貿易自由化を推進した経産省、経産省官僚に牛耳られた第二次安倍政権、そして農業予算の削減に熱心な財務省をやり玉に挙げる。
「日本の『食』を、安全保障の基礎として位置付けるどころか、むしろ、貿易自由化を推し進め、相手国に差し出す『生け贄』のように扱ってきたのが、いまの政府だ。その結果、自動車などは、輸出先の関税が下がったので、大きな利益を享受している。いまの政府で力を持っているのは、経済産業省や、財務省だ。(中略)第二次安倍政権では、今井尚哉秘書官を始め、経産省出身者が官邸を牛耳った。(中略)日本の農政を台無しにしている、もう一つの犯人は、財務省だ。(中略)彼らは予算を削ることしか頭にない」
たしかに今の岸田政権も、政務担当の首席秘書官が元経産省事務次官、嶋田隆氏であり、経産省主導が続いている。
両氏の問題意識は新自由主義的な規制改革をめぐって真っ向から対立しているようにみえるが、多分、どちらの見方も正しいのだろう。農政トライアングルが既得権死守にやっきになってきたことも事実だし、経産省主導の安倍政権が自由貿易の名のもとに、米国の言いなりになったのも事実である。
人手不足、低所得、後継者難により農家の減少は続いている。耕作放棄地は増える一方だし、農業に参入した大企業はほとんどが撤退している。コロナ禍による牛乳の余剰や、エサ代・電気代の高騰で、酪農家が悲鳴をあげ、倒産・廃業が相次いでいる。農家や酪農家への支援予算が中抜きされ、効果的に使われていないという問題もある。
この国の農業をどうやって立て直すのか。政府は昨年12月27日、食料安全保障強化政策大綱を決定した。食料を過度に輸入に依存する構造を改めるため、自給率の低い小麦や大豆などの国内生産拡大へ向けて水田の畑地への転換を推進するなどという内容だが、山下氏や鈴木氏が示す課題を解決できるかとなると、甚だ心もとない。そもそも、これまで農業政策は計画倒れを繰り返してきた。
農業界の既得権益や経産省の省益が幅を利かせている限り、食料安全保障が強化されていくとは思えない。いい加減に政府は、日本を蝕むムラ社会の呪縛から抜け出すべきである。
ただし、岸田首相にそのリーダーシップを期待するのは所詮ムリかもしれないのだが…。
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