手塚治虫が描いた、疾走する“駅馬車”。晩年の代表作『ミッドナイト』から感じた芳香と咆哮

 

メジャーなのにカウンター。歪な真の声が描かれた名作

対比、という観点で考えると、漫画家の仕事が、ずっと机の前に座って描き続ける居職という漫画家の宿命と、運転席には座り続けるものの街を疾走し続けるタクシー運転士との対比、物語にもドライブ感をもとめた、とまで言ってしまうのはうがちすぎだろうか。

ある事情があり当局の手配をおそれつつ闇営業で稼ぐ主人公ももちろんそうだが、タクシーを利用する登場人物もおしなべて卑屈で屈折しており、何かの抑圧を感じているそぶりをみせる。そのカタルシスの解消が毎回のテーマなのだろうけれど、タイトルや主人公の命名ともかかわっている深夜という時間帯、主人公が無免許であるという(本作品にゲスト登場するブラック・ジャックと共通する)点、繰り返される因果と復讐譚、作品全体に流れる哀調というか悲哀のようなもの、それらを総合しても、これは手塚治虫の、メジャーなのにカウンター、という多少いびつな真の声が生々しく描かれた代表作の一つなのだなあという思いを新たにした。

『ミッドナイト』が描かれた1986〜87年というのは、同時に連載されていたのが『陽だまりの樹』『火の鳥 太陽編』『アトムキャット』という時期にあたる。その後の主要な連載は『ルードウィヒ・B』『グリンゴ』『ネオ・ファウスト』で、手塚の逝去は1989年2月。最晩年の手塚は、看護師に怒られながらも、病床の下に描き途中の原稿を隠し、病院関係者の隙をみてスタッフに指示を出していた、というなみなみならぬ情熱と壮絶な光景を、かつて最後のアシスタント氏からお聞かせいただいたことがある。

『ミッドナイト』の原型である『ドライブラー』は、手塚が1984年末ごろに急性肝炎となり連載延期となったことなどをあわせみると、本作品も必ずしも体調が万全ではなかった状態で描かれたのではないか。しかしそれだからこそ、絞りだされたかのような手塚の世事への関心、問題意識、世間への叫びといったものが作品のそこかしこから垣間見えるような気もする。そしてそのような手塚の本音本心は、あんがい、過去の単行本では収録が見送られた、雑誌掲載以降では今回本書で初めて日の目を見たこれらの作品群のようなところから、より如実に、その芳香と咆哮を感じられるような気がしてならない。手塚は駅馬車という形式を用い、タクシーの乗客らを通して、自身の眼前にこれまで現れた人々を投影して浮かび上がらせ、そこから何かを語らせようとしたのではないか。つまり手塚の人生におけるあまたの登場人物が、『ミッドナイト』の各エピソードで何らかの仮託をされ、そこにそれぞれの人生が映し出されているのではないか。それこそがスターシステム、というのは筆が滑りすぎなのだけれど、そういった意味からも『ミッドナイト ロストエピソード』は、手塚治虫が漫画を通じて何を表現し何を世に見せたかったのか、読者の皆様それぞれが思いを馳せご自身なりの得心をたぐりよせるのに最良の一冊となるといいなと思いつつ、強くおすすめしたい。文中敬称略)

本多八十二(ほんだ・やそじ):漫画原作者。元編集者、現在は調理師。作品に『猫を拾った話。』

 

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ミッドナイト ロストエピソード

著者:手塚治虫
定価:4,950円(本体4,500円+税10%)
発売日:2023年6月16日
発行:立東舎/発売:発行:リットーミュージック

立東舎の手塚治虫特設サイト

 

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image by: ©️TEZUKA PRODUCTIONS

本多八十二

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