検索しつつ「罪悪感」
確かに、一個人の検索行動を咎めることはできないかもしれない。
一方で、鳥羽氏の妻の顔画像を調べつつ「罪悪感に責められる」という人もいる。
「〈映画の予告編に出ているよ〉って会社の人に教えてもらってすぐに観て、その後は何回か調べてしまいました。晒す気なんか全くなくて本当に興味本位だったんですけど、やっぱり後味が悪いというか……。私は、鳥羽さんの映画が公開されると聞いたとき、多くの人と同じで〈奥さんと子どもの顔が出るからかわいそう!〉と感じました。でも、その顔を見たい…というか実際に見た自分もいるわけで……。嫌な人間だなとは思います。思いますけど、また別のスキャンダルがあったとき、自分は同じような行動を取るだろうなとも分かります。〈自分が見る分には何の影響もない〉と考える人は、私以外にも少なくない気がします」
ネット犯罪に詳しいWebメディアの記者は「検索したい気持ちは分かる」とした上でこう続ける。
「ネットでの誹謗中傷や拡散問題では〈自分だけが見るなら何も影響はない〉の考えは間違っていないのですが、〈本当に自分だけで完結できるのか?〉が問題と感じます。例えば鍵の付いた自分のSNS、親しい人や家族へのLINE、もっといえば飲み屋での会話でだったり、気軽に共有してしまいそれが少しずつ広まっていき、あっという間に拡散といったケースは決して珍しくないのです。自身の興味関心を自分の胸に納めることができるか? それができない人が多いから、ネットでの様々な問題がなくならないのかもしれません」
この問題、あなたはどう思いますか?
image by:『sio/100年続く、店のはじまり』公式サイト
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