対馬は更新世の半ばまで、九州と朝鮮半島と陸続きだったため、生物相も九州と朝鮮半島のハイブリッドで、どちらの影響も強く受けるとともに、対馬独自の固有種も産する。昆虫についてはこのメルマガと同時に配信する「生物学もの知り帖」に書いてあるので、そちらを参照してほしい。
対馬に分布するニホンジカ(亜種ツシマジカ)が増えすぎて、対馬の固有亜種ツシマウラボシシジミの食草のヌスビトハギを食い荒らして、この蝶が絶滅寸前だという話は、上記の「生物学もの知り帖」に書いたが、ニホンジカは朝鮮半島ではすでに絶滅した。日本では対馬を含め激増して、森林生態系に大打撃を与えているわけだが、何がこの違いをもたらしたのだろう。
ニホンジカが急増した原因はオオカミ(ニホンオオカミ=タイリクオオカミの亜種)が1905年に絶滅して捕食者がいなくなったためと言われるが、韓国ではチョウセンオオカミ(タイリクオオカミの亜種)が絶滅したのが1968年で、ニホンジカはそれよりずっと前に絶滅していたのだ。それでは朝鮮半島のシカはなぜ絶滅したのか。オオカミに食われてしまったのかしら?それはよくわからない。対馬にはもともとオオカミはいなかったと考えられるので、近年シカが急増したのは、オオカミとは独立の要因だろう。
シカとは対照的に本土にたくさんいるニホンザルは対馬にいない。ニホンザルは更新世の30万年から50万年前に朝鮮半島を経由して日本列島に侵入したと言われているが、朝鮮半島や対馬のサルは、その後氷河期の寒さで絶滅したと考えられている。
青森県の下北半島にはニホンザルが分布するが、これは野生猿としては世界最北の生息地で、韓国よりはるかに北に位置する。なぜ韓国より北に位置する下北半島のサルは絶滅を免れて、韓国のサルが寒さで絶滅したのだろう。おそらく、下北半島には、氷河期の頃ニホンザルは棲息していなかったか、いたとしても氷河期の寒さで絶滅して、氷河期の後、南の方から北上して下北半島に侵入したのだろう。その時すでに日本と韓国、あるいは日本と対馬は陸続きでなかったので、韓国や対馬にはニホンザルは侵入できなかったのだ。
ツキノワグマも対馬に分布していない。韓国には日本のツキノワグマの別亜種のウスリーツキノワグマが分布するが、自然状態ではほぼ絶滅らしく、人工的に繁殖させているようだ。更新世中期に日本、対馬、韓国が陸続きだった時には、対馬にも分布していたと思われるが、その後孤立した島となった後で絶滅したのだろう。ツキノワグマのような大きな動物の個体群を維持するには、島の面積が小さ過ぎたに違いない──(『池田清彦のやせ我慢日記』2023年8月11日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください、初月無料です)
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