単なる「言葉の置き換え」ではない。英詩を日本語詩にする作業のこと

 

2014年にオーストラリア総理大臣文学賞を受賞した詩集『ドラッグしてロック解除/緊急電話』(drag down to unlock or place an emergency call, Pitt Street Poetry, 2013)ではその魅力が凝縮された作品群。今回のイベントでは川口さんのほか、日本の第一線で活躍する詩人や歌人がメリンダさんの水槽をプレゼントする不思議な男に関する詩をそれぞれの言葉で訳したものを披露した。展開される不思議な世界観が詩人・歌人の感性との融合で新しい風景が広がっていく。

一方でメリンダさんの作品にはシリアスな情景を力強く表現したものもある。その中でも詩作「Gap」は、南半球の潮風と広がる海の風景とともに深い感動を呼び起こす。これはシドニー近郊の「自殺の名所」である崖とその近くにある高級住宅地の話。住宅地に住む男性が崖に近づく人に声をかけて、時には家に招き入れてお話をし、結果的に自殺を思いとどまらせている、ストーリーだ。

詩の中でその男は崖に近づく「自殺志願」者に近づき「私にできることがあるかな?」と聞く、そうすると志願者は「ない」と応える。この詩は「『ない』からすべて始まる」と締めくくる。この作品は哲学的であり、かつジャーナリスティックな存在感を放ち、自殺を防止しようとの社会の考えと連動しつつも、その背景に広がる人生の悲哀も表現され、人の尊厳を伝えるには効果的な言葉であった。

それをメリンダさんに伝えると、「それを狙っている」との返答。そのストレートな思いが、川口さんの「勇気をもらっている」とのコメントにつながっているのだろうか。

メリンダさんの紡ぎだされた言葉の一つひとつにはケアがある。尊厳を守ろうとする強い思いとやさしさ、それは友人として感じることでもあるが、今回は詩人としてのケアを感じる瞬間があった。次の日、彼女はみんなの大学校の講義にも特別ゲストとして参加してもらった。持つべきものは詩人の友人である。

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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