核抑止が「新たな戦争の火種」になる皮肉。各国の“不信”と“軍拡競争”が「核兵器なき世界」を遠ざける恐ろしい現実

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123の国と地域が集った広島平和記念式典で「非核」が訴えられた一方で、実現から遠ざかりつつある「核兵器なき世界」。その背景には、大国間の対立や相互不信が世界各地に波及する厳しい現実が存在しているようです。8月から元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが新たに配信を開始したメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』では、米イラン交渉やウクライナ戦争、ガザ和平を巡る最新情勢を分析。さらにロシアの苦境や中国による南太平洋への揺さぶりなど、世界各地で進行する「変化」について解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:世界を覆う脅しの悪循環-「相手を信じられないから武器を持つ、武器を持つからますます信じられなくなる」

-世界を覆う脅しの悪循環-「相手を信じられないから武器を持つ、武器を持つからますます信じられなくなる」

【広島、81年目の夏-遠のく「核兵器なき世界の実現」】

2026年8月6日午前8時、広島市中区の平和記念公園には、過去最多となる123の国と地域、そして欧州連合の代表団が集まりました。原爆投下から81年、被爆者の平均年齢は年々上がり(2026年3月に厚生労働省が発表したデータでは86.66歳)、当時のことを直接語れる方はどんどん年々少なくなっています。

それでも、これだけ多くの国が広島に足を運び、平和への思いと核兵器なき世界の実現に向けて結束を示すという事実そのものが、核兵器という問題が過去のものではなく、今なお現在進行形の外交テーマであることを物語っています。

しかし、今年も中国とロシアは平和式典に参列せず、台湾は2年連続で参列したという構図も、今の国際政治の縮図と言えるかもしれません。

広島平和式典では、立場は違っても、「核兵器なき世界の実現」を願う4つの声が響きました。

松井一実広島市長は平和宣言で、「戦争の記憶が薄れることで核兵器の使用そのものが容認されかねない時代を生きている」と警鐘を鳴らし、「国連創設と核兵器廃絶という原点に立ち返るべきだ」と訴えました。

高市早苗首相は、非核三原則の堅持と、唯一の戦争被爆国としての使命を強調しつつも、核抑止という枠組み自体には踏み込まない、慎重な言葉選びに終始しました。首相の挨拶が終わった直後、参列席から「過ちを繰り返さないでください」という叫び声が上がったと報じられていますが、この一言が、式典に流れていた空気をよく表していたように思います。

一方、広島県の横田美香知事の挨拶は、高市首相の挨拶とは対照的でした。「核抑止とは、核兵器を実際に使うという前提がなければそもそも成り立たない概念であり、各国の不信と軍拡競争を助長して世界を不安定化させる、根本的な矛盾をはらんでいる」と正面から指摘したのです。

「抑止力を求めること自体が新たな戦争の火種になっている」という知事の言葉は、私たち紛争調停の世界に身を置く者からすると、決して抽象論ではありません。

「相手を信じられないから武器を持つ、武器を持つからますます相手を信じられなくなる」

この悪循環こそ、私が現場で何度も目にしてきた対立のパターンそのものです。

国連で調停や仲介に携わり始めた頃の私は、「事実を丁寧に説明すれば、人は合理的な判断に近づく」と信じていました。しかし現場で繰り返し思い知らされたのは、人を動かすのは理屈だけではなく、「恐怖」と「不信」だという現実です。

だから私はニュースを見るときも、その場で語られる言葉だけでなく、その背後にある感情や心理を読み解こうとしています。

国連のグテーレス事務総長からのメッセージ(中満泉国連軍縮担当上級代表代読)は、平和は恐怖と力によってではなく、信頼によって築かれるものだと訴えました。私はその“信頼”こそ、今、国際情勢を見る際に最も欠けている要素ではないかと感じています。

「国連はその“信頼”と取り戻すための拠り所に再びなることができるのか?」

2027年1月から新しい事務総長にバトンが託される国連に対する大きな問いと宿題ではないかと、私は考えます。

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