料亭の味を食卓へ~日本料理は絶滅危惧種?
村田の料理改革は自分の店以外にも及ぶ。村田は家庭にも本格的な日本料理の味を届けたいと、調味料などのネット販売を行っている。
菊乃井が最近発売したばかりのスッポンスープ。材料のスッポンは、自然豊かな愛媛県宇和島市の養殖場「水幸苑」で育てられた3年もの。餌は鯵のすり身など無添加にこだわり、高価な高麗人参も混ぜている。商品化に5年をかけた、菊乃井の自信作だ。
こうした味を家庭に届ける理由は、「結局、帰ってくるところは自分の民族的な食べ物しかないでしょう。それをおろそかにして、次の時代に残していかないのは、犯罪に近い」(村田)と言う。
スタジオ収録の前日、村上龍は「我々は日本料理は昔からあって、今もあって、これからもあると思っている。でも村田さんはそうは思っていない。一番の特徴は、和食の危機を訴えていること」と語っていた。
和食は3年前、ユネスコの無形文化遺産に登録された。実はその際、ユネスコに働きかけたのも村田。快挙の立役者なのだが、「皆さんは勘違いなさっている。文化の遺産登録ですからね。絶滅危惧種に近いですよ、ということ。和食がおいしいから、という話ではない。自分たちの文化形態を守らないと、将来、大変なことになる」と言う。
強い危機感を持つ村田は、既に動き始めている。その一つの手段が和食の海外進出だ。
世界の食通が賞賛~日本料理が驚きの変化
去年、イギリス・ロンドンにオープンした日本食レストラン「トキメイテ」。JA全農が経営にあたり、村田がプロデュースを任された。
売りモノは上質な和牛。2年前に解禁となったEUへの和牛輸出。ヨーロッパではまだまだ馴染みのない和牛をここから広めようとしている。
この店で村田は今回、あるイベントを企画した。和牛の料理とサントリーのウィスキーのコラボ。スコッチの本場で普段ステーキを食べているイギリス人に、ジャパニーズウイスキーと和牛であっと言わせ、和食に目を向けさせたい。
イベントの料理は村田自ら作る。使うのはA4ランクの黒毛和牛。この肉に合わせるソースに村田が用意したのはイチジク。
八丁味噌の旨みは長期熟成によってアミノ酸と糖が反応し生まれる。村田はイチジクに含まれるタンパク質や糖に熱を加えることで同じ反応を引き起こし、八丁味噌に似た味を作り出したのだ。さらに取り出したのはバニラ。
「醤油の中にはバニリンという香り成分が入っているんです。醤油の発酵過程で出てくるバニリンを、バニラを入れて補う。和のテイストのソースのほうがいいでしょう。それでイチジクから八丁味噌ができるんです」(村田)
作っていたのは味噌テイストのソースだった。
「味噌がどうやってできるか、科学的にわかっている。カツオも昆布も味噌も醤油もないところで、『無理です』と言ったらそれで終わりです。全然モノがなくても、日本料理の料理人である限りは日本料理を作らないとダメじゃないですか」(村田)
現地にある食材で、科学の知識も駆使して和の味を創造。村田ならではの「味噌風イチジクソース」だ。
午後7時、イベントに参加する情報通のお客が集まった。お客の中にはグルメ評論家もいる。その評価は今後の和牛、そして和食を左右し兼ねない。勝負をかけた味噌風イチジクソースの和牛ステーキが配られた。
最初は驚き、そして笑顔になった客たち。村田も確かな手応えをつかんだ様子だ。