独裁化する習近平が、自らの思想を共産党規約に明記させた意味

 

社会の主要矛盾はどこにあるのか?

毛沢東思想の入口に当たる『実践論・矛盾論』では、ある物事がどういう段階にあって、どこからどこへ向かって運動し発展しようとしているのかを把握する場合の中心的な概念は「主要矛盾」である。

革命の前から後までの毛時代にあっては、主要矛盾は「無産階級と資本家階級の矛盾」にあった。革命が達成されるまでは、資本家階級を代表する国民党政府に対して無産階級を率いる共産党軍が内戦を戦っていたので、その主要矛盾の中で資本家階級が支配的で無産階級は従属的な位置にあった。革命が成功して共和国が建国され、両者の立場が逆転して、無産階級が支配的に、資本家階級が従属的になったとはいえ、まだ資本家階級は一掃された訳ではなく、いつまた復活して反革命を企むか分からない状態であるから、革命後になっても当分の間は引き続き主要矛盾は「無産階級と資本家階級の矛盾」にあったのである。

その危険が基本的に克服され、社会主義建設が何とか軌道に乗り始めた1960年頃からは、主要矛盾は階級間の敵対的な矛盾ではなく、「人民の需要とそれを満たすことの出来ない生産力の立ち後れ」という人民内部で解決を図らなければならない矛盾に取って代わった。ところが、その定義の下で人々のごく自然な経済的豊かさへの欲求が高まり、またそれに応じようとする様々な試みが広がってくると、次第に認知症的になっていた毛沢東はそれを資本家階級の復活と誤認し、いささかでもその疑いのある者はすべて敵として扱うという、革命・建国期の矛盾認識に戻ってしまい、文化大革命を発動した。何千万人もの無辜の人々がなぶり殺されるというその地獄絵の有様を何とか収拾した鄧が最初にやったことは、主要矛盾の認識を元に戻して「人民の日増しに伸びる物質的・文化的需要と遅れた社会的生産力との間の矛盾」と定義し直すことだった。以後、江や胡の時代を通じて基本的にそのような表現が踏襲されてきたが、今回、習は違う表現に踏み込んだ。「人民の日増しに伸びる素晴らしい生活への需要と、不平衡、不十分な発展との間の矛盾」である。

似たようなものじゃないかと思うかも知れないが、これまでの表現は要するに「何とか飯が食えるようにする」ことが中心課題であったのに対して、これからは単に物質的ではない「ますます素晴らしい生活」を求める人々のニーズを満たさなければならないのである。そのことは、報告の中の次の表現で一層明確になる。

我が国の経済は、すでに高度成長の段階から質の高い発展を目指す段階へと切り替わっており、発展パターンの転換、経済構造の最適化、成長の原動力の転換の難関攻略期にある。

ここでもう1つ分かりにくいのは、一方でこのように何とか飯が食えるようになりたいという段階は終わったと言いながら、他方では「必ず認識せねばならないのは、我が国社会の主要矛盾の(上述のような)変化は、我々の我が国の社会主義がどの歴史段階にあるかという判断を変えるものではないということであり、我が国が長期的に社会主義初級段階にあるという基本的国情は変化せず、我が国は世界最大の発展途上国であるという国際的地位も変化しない」と、世界最大の発展途上国であるというステータスにしがみつきたいかのようなことを言っていることである。

これはかつて鄧が「社会主義初級段階は100年続く」と言った大ざっぱな言葉と整合性をとるためなのか、それとも都合が悪くなると発展途上国ぶりっ子に逃げ込もうとする狡さのためなのか。それにそもそも、社会主義に初級や中級があるならその定義は何なのかを明らかにしなければ、このような規定自体が意味をなさないのではあるまいか。

以上が、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」の骨格部分への理解である。これが軍事・外交面にどう展開されるのかは、また機会を改めて整理することにしたい。

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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