取り除かず殺さず正常細胞に戻す。新たな「がん治療」の可能性

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高齢化もあり、未だに日本人の死因のトップは男女ともに「がん」です。そのがんの治療法として、新たなアプローチ方法が確立されるかもしれないと教えてくれるのは、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみ、生物学者の池田清彦教授です。教授は、メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』で、実験レベルではがん細胞の増殖を抑えることに成功していると、そのメカニズムを解説し、新たな治療法に期待を寄せています。

がん細胞を正常細胞に戻す

がんの治療と言えば、手術にしても、抗がん剤、放射線、免疫療法などにしても、すべてがん細胞を取り除いたり、殺したりして、治そうというものばかりである。しかし、がん細胞も元はと言えば正常細胞が変化してできたわけで、正常細胞、または多少は正常細胞に近い性質を持つものに戻すことができれば、取り除いたり、殺したりせずにがんを治療できるかもしれない。

よく知られているようにがんの発症に関与する遺伝子には2タイプあり、一つはがん遺伝子で、細胞分裂を促進する機能を持つ。もう一つはがん抑制遺伝子で、がん遺伝子の暴走を止める機能を持つ。がん遺伝子は原がん遺伝子という正常な遺伝子が変異したものである。本来、細胞分裂は生物にとって不可欠のプロセスでこれを司る遺伝子が原がん遺伝子である。この遺伝子は細胞分裂が必要な時だけ働き、不要になれば機能を止める。ところが、原がん遺伝子ががん遺伝子に変異すると細胞分裂のコントロールが効かなくなって、常に分裂を促進する指令をだすようになる。

2015年に、アメリカのメイヨークリニック、フロリダキャンパスの研究グループは、がんの増殖を抑えるのに、miRNA(マイクロRNA)と細胞の表面にある接着分子の相関が、重要な機能を果たしていることを突き止めた。miRNAはRNA干渉と言ってDNAからタンパク質を作るプロセスに関与するmRNA(メッセンジャーRNA)に働いてこの機能をブロックする。miRNAは21-25塩基長の小さな1本鎖RNAで、相補的な塩基対を持つmRNAに結合して、その部分でmRNAを切断してDNAの発現を抑える。

がん遺伝子からの指令をmiRNAでブロックすることができれば、がん細胞は分裂をやめて、少なくとも見てくれは正常細胞に戻るはずだ。がん細胞の中ではがんの分裂を抑制するmiRNAは作られていないので、どういう機作でmiRNAが作られなくなるかを知れば、がんの治療に光明が差すかもしれない。

細胞の表面には接着分子と言って細胞同士をくっつけるタンパク質が存在する。正常細胞ではE-カドヘリン、p120カテニン、PLEKHA7という接着分子が共働して、DNAから細胞増殖を制御するmiRNAを作りだし、がん化を防いでいるが、がん細胞ではPLEKHA7の発現が失われて、E-カドヘリンとp120カテニンが逆に細胞分裂を促進するように働いて、がん細胞の異常増殖が起こるようだ。

試験管の中の実験では、がん細胞に強制的に細胞増殖を抑えるmiRNAを注入するとがん細胞が増殖をやめて、見てくれは正常細胞に戻るという。逆に正常細胞からmiRNAを取り除くとPLEKHA7の発現がストップして、細胞はがん化するという。まだ実験段階であるが、がん細胞を正常細胞に戻すというアイデアには夢があり、画期的ながんの治療法に結びつくかもしれない

image by: science photo, shutterstock.com

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