子供から「勉強ってなぜ必要なの?」と聞かれ自信を持って答えられる方、どれくらいいるでしょうか。今回の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』では現役教師の松尾英明さんが、学校の授業で得られる「数学的な考え方を身につけること」がいかに重要か、学びの本質を力説しています。
教科に魅力を感じる大切さ
学校の授業に関しての雑感。
生きていく際に、数学的な考え方は非常に役立つ。算数・数学は生きていく上で役に立たない、みたいな俗説があるが、それは数学から逃げている人の虚言である。個人的には、学校で学ぶ教科の中では、実際は一番に立つのではないかと思っている。
なぜか。理由はたくさんあるが、顕著なものの一つとして、論理的思考が身に付くからである。
例えば関数というとXやYといった文字を用いた単なる計算と思い浮かべるかもしれないが、そうではない。
例えばX→Yという関係を考える時、このXとYは関数である。
XがどうなるかによってYが変わる、あるいは、Xという要因によってYができている、というような考え方全般が関数である。二つの因果関係を示すのが関数である。単なる計算の道具ではない。
これは、人間関係に応用できる。例えば仕事の楽しさと掃除には一見関係がないように見える。しかし、この二つは、関数による相関関係である。
掃除を一生懸命やると、場に対しての愛着が湧く。しかも気分がいい。そうなると、仕事がスムーズに進む上、楽しくなる。加えて衛生状態がよくなるために、健康的に働き続けられる。
単純化したので多少飛躍もあるが、この二つには相関があると考えられる。つまり、あらゆるものの因果関係について分析するような考え方は、数学的である。
数学の「0」という概念も面白い。インドにおける0の誕生には、筆算とも関係があるそうである。演算上で、空位の数を記述する必要があったという。しかし、数というのは「存在するもの」「数えるもの」という概念があったために、無を表す0という発想になかなかならなかったという。
※出展:「ニュートン別冊 無(ゼロ)の科学」
ないのに、ある。あるけど、ない。禅問答のようで、哲学的である。
色々書いたが、結論。何かを教えるという時には、教える側がそれに対して魅力を感じていた方がいい。国語でも体育でも何でもそう。もっというと、学校というものそのもの、授業というものそのものに対しても、である。
だからこそ、他を変えようとする「研究」よりも、自分を変えようとする「修養」を大切にしたい。
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