三原じゅん子「初入閣の夢」が儚くも散った、政界の冷酷な現実

 

三原議員の、時代がかっていて、感情過多で、不正確な議論は今に始まったことではない。

2015年3月16日の参院予算委員会でもそうだった。三原議員はアマゾンなど多国籍企業の租税回避問題をめぐり、戦前戦中にタイムスリップしたかのごとく「八紘一宇」という言葉で、論陣を張ってみせたのである。

「八紘一宇というのは、初代神武天皇が即位の折に、掩八紘而為宇(あめのしたおおひていえとなさむ)とおっしゃったことに由来する言葉です。現在の国際秩序は弱肉強食。強い国はびこって弱い民族を虐げている。世界中で一番強い国が、弱い国、弱い民族のために働いてやる制度ができたとき、初めて世界は平和になるということです。この八紘一宇という根本原理の中に現在のグローバル資本主義の中で日本がどう立ち振る舞うべきかというのが示されているのだと私は思えてならないんです」

実は日本書紀の記述「掩八紘而為宇」をもとに「八紘一宇」を造語したのは宗教家田中智学である。日蓮信仰と皇国史観を合体させ、在家仏教団体「国柱会」を1914(大正3)年につくった。「八紘一宇」は宗教思想のなかから生まれたのである。

満州事変の首謀者、石原莞爾もメンバーの一人で、その講演を記録した「最終戦争論・戦争史大観」には「八紘一宇」が戦前どのような意味で使われていたかが明確にされている

「悠久の昔から東方道義の道統を伝持遊ばされた天皇が、間もなく東亜連盟の盟主、次いで世界の天皇と仰がれることは、われわれの堅い信仰であります。…最終戦争はいつ来るか。…最後の大決勝戦で世界の人口は半分になるかも知れないが、世界は政治的に一つになる。…この大事業を貫くものは…日本国体の精神による信仰の統一であります。…そこで真の世界の統一、即ち八紘一宇が初めて実現するであろうと考える次第であります」

石原はこの講演で、いずれ原子力爆弾がつくられる可能性にも言及している。大量破壊兵器による戦争が最終戦争で、それを耐えてこそ人類に平和が訪れると言う。そしてその最終決戦は、「力に頼る西洋覇道主義と天皇の大御心を信じる東方道義」との戦いとなると予言した。

石原はのちの対米決戦について「油が欲しいからとて戦争を始める奴があるか」と反対し、東条英機と対立したといわれるが、少なくとも昭和15年5月の講演時点では大陸における関東軍の暴走満州国建国日中戦争を正当化し、欧米との戦争を視野に入れていたということだろう。そのすべてを「八紘一宇の実現のための聖戦」と位置づけたのである。

いまだに女優、タレントのイメージが色濃い三原議員に対し、「八紘一宇」の意味が分かっていないのではないかという批判がある一方、「天皇のお心」の尊さをこの質疑でくり返し強調していたとして「確信犯」とする宗教学者、島田裕巳氏のような見方もある。

ただ、個人の思想はともあれ、「八紘一宇という根本原理の中に現在のグローバル資本主義の中で日本がどう立ち振る舞うべきかが示されている」などと、現代の政治の舞台に、日蓮主義を源流とし戦意高揚の国体思想に使われた言葉を持ち込むのはいかがなものであろうか。

この三原発言について、2015年4月16日の参院文教委員会で神本美恵子議員が下村博文・文科大臣にこう質問した。

「政治家が使う政治的な言語というのは、それが語られた歴史的な文脈の中で理解すべきだ。八紘一宇に対する認識は下村大臣も同じなのか

さすがに保守色の強い下村大臣も三原発言を肯定するわけにはいかないようで「趣旨はともかく、定義としては戦前の軍国主義の象徴のような言葉としてイメージされていますから、これは、使うのは適切でないと考えております」と答えた。

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