夫の両親が認知症に。話題の著者が語る「いきなり介護」の日々

 

ある日、配偶者の親が「要介護」となったら、あなたならどうしますか? 実の親でなくとも、いやがらずに介護ができますか?

子育てとばして介護かよ(KADOKAWA)という本が話題となっています。これは、夫の両親が続けざまに認知症となり、育児の経験よりも先に「いきなり介護」の日々に突入せざるをえなかった著者の “現在進行形”エッセイ集。「パートナーの親の介護」なんて、初めてのこと尽くし。戸惑いつつ、最良の介護方法を見つけようとする著者の痛ましい姿がユーモラスに描かれ、「共感できる」「ためになる」と評判を呼んでいるのです。

著者はライターの島影真奈美さん(46)。同じくライターである夫とともに締め切りに追われる慌ただしい毎日を送っています。仕事に明け暮れ、妊活の機会も逸したなか、ある日、夫の両親に異変が……「知らない女性が家に勝手に出入りしている」と思い込み、出てゆくように諭した手紙を部屋の壁中に貼りめぐらせる義理の母。その奇異な行動に同調する義父。そうして、老いた義理の両親は次第に、生活に必要なさまざまな事柄を忘れてゆくのです。

▲義理の両親の認知症により「いきなり介護」の日々に突入した『子育てとばして介護かよ』著者の島影 真奈美さん

▲義理の両親の認知症により「いきなり介護」の日々に突入した『子育てとばして介護かよ』著者の島影 真奈美さん

「老夫婦ふたりだけで暮らすのは、もう難しい……?」と判断を迫られる局面。しかし、そこで表出したのは、「実の子どもたちの介護に対する消極性」という新たな問題でした。

そうして島影さんは行きがかり上、キーパーソン(介護をしていくうえで中心となる人物)に立候補します。といっても、ライターの仕事は辞められない。そのため、義父母と同居せずに介護する方法を模索するのです。

突如、押し寄せた「いきなり介護」。彼女はなにに苦しみ、なにに救いを感じ、なにを学んだのか。注目の『子育てとばして介護かよ』を上梓した島影真奈美さんに、お話をうかがいました。

夫の母親が「家の中に知らない女性が住んでいる」と言いだした

――島影さんの新刊『子育てとばして介護かよ』は、自分に置き換えて考えさせられる一冊でした。義理のお母さんが、「家の中に知らない女性が住んでいる」と言いだしてからの怒涛の展開、「自分の身にもありえる」と震えました。

島影真奈美(以下、島影)「私の母方の祖母が認知症で、母親が遠距離介護をしていた経験もあって、『認知症や介護は身近なもの』として捉えていました。また、本やマンガで介護の体験談を読むのは好きだったし、介護保険の仕組みについてもある程度はわかっているつもりでした。ところが……いざ直面すると、起きること起きることが想像を超えていて。あっという間に追い詰められてしまい、自分でも驚きました

――この本で重要なのは、「自分の両親ではない」という点だと感じました。読んでいて、「パートナーの両親の介護を、人はどこまでやれるのか」と、問われ続けた気がしたんです。

島影「『自分の両親ではないのに介護するのはキツい……』と考える方もいらっしゃるかもしれません。折り合いが悪いとなおさら、ですよね。ただ、とりたてて仲がよくも悪くもない関係性であれば、義理の両親のほうが介護は案外ラクな面もあるように思います。“赤の他人”だからこそ、お互い尊重もしあえるし、ある日突然始まった『介護』という大冒険を面白がるスイッチも入れやすいのかなって。そんなことをお伝えしたくて、この本を書きました」

――伝わってきました。さらに、「もしや認知症の兆候では?」と気がついたら、一刻も早く対策をとるべきだとわかりました。

島影「別居したまま介護する場合はもちろん、同居や近居を想定していても、動き出しは早いほうがいいですね。外部の介護サービスを導入するのは、ある程度の時間がかかります。先延ばしにしているうちに親の心身の状態が悪くなる場合もあります」

――同居や近居であっても介護サービスの導入は早いうちに考えたほうがいいのですね。

島影「そうなんです。『家族全員が交替で泊まり込みで看ればいい』など、家族だけで抱え込むと、関わる人みんなが共倒れしてしまう危険性が高まります」

はじめは「義理の親だから少しは介護を手伝おう」程度の気持ちだった

――泊まり込みとなってくると、なおのこと、「パートナーの親に、なぜ私がそこまで?」と考えてしまう人もいますよね。島影さんは、「妻は夫の両親の介護をするのは当然だ」とお考えでしたか。

島影「う~ん。『妻だから義理の両親の介護すべき』とは、まったく思ってはいませんでした。でも、縁があって一応“家族”になった以上、無視するのは感じが悪いので、多少は応援するのもやぶさかではない……という程度の気持ちだったですね」

――そういった、軽くかかわる程度に考えておられた義理の両親の介護なのに、なぜ遂にはキーパーソンに立候補されたのでしょう。

島影「ふたを開けてみたら、テキパキ仕切れそうな人がいなかったからです。義理の両親とはこれまで疎遠だったけれど、親切にしてもらったし、症状が悪化していくのを放置するのはしのびない。だったら、『私が動くしかないか!』と思っちゃったんです。半分は、おせっかいでした」

――「半分はおせっかい」ということは、あとの半分は、どのような気持ちだったのでしょう。

島影「あと半分は、血がつながっていない私が手続きなどをやるほうが『合理的だ』と判断したからなんです。実の親が認知症になるのは、子どもとしてはやはりショックが大きい。よかれと思ってやった行いを親に拒否され、ひどく傷つくケースもある。なので血縁ではない私がやったほうがいろいろ早いし、合理的に対処できると考えました」

「血がつながっていない義理の両親だからこそ合理的な判断ができた」という

▲「血がつながっていない義理の両親だからこそ合理的な判断ができた」という

実の子どもだからこそ親の認知症を受け容れられない

――第三者が介護の手続きを進めたほうが合理的だとは、目からウロコが落ちました。確かに、実の親が認知症だという現実は、すんなり飲み込めないですよね。

島影「私が義理の両親の介護問題をnote ( https://note.com/babakikaku_s )に書くようになってから、『なかなか親の認知症を受け入れられず、苦しんだ』『実はうちも親が認知症ではないかと悩んでいます』と打ち明けられる機会が増えました」

――親が認知症であると納得できなくて、無理やり漢字の書き取りテストや計算ドリルをさせた事例もあるそうですね。

島影「知的活動を通じて脳に刺激を与える行為は、認知症予防に役立つと言われています。認知症になった後でも、進行を緩やかにするのに一役かってくれます。でも、家族が認知症であると認めたくないあまりに、無理にテストなどやらせるのは逆効果です。ストレスがかかると、認知症を悪化させてしまうマイナス材料になりかねないので」

――よかれと思って、どんどん悪い方向へ。

島影「そうですね。ただ、何より気をつけたいのは、親御さんが失敗したとき、ガミガミ叱ってしまわないこと。子どもから『なんで思い出せないの!』『どうしてこんな失敗するの』と責められたら、親はつらい。反発してくれればまだいいですが、落ち込んで生きる気力を失ってしまうかもしれません。また、悩みがあっても、『子どもに怒られたくないから』『迷惑をかけたくないから』と、口をつぐむようになる。家族関係が険悪になるとトラブルが表面化しづらく、子どもは介護に積極的ではなくなり、対処も遅れやすくなります」

「子どもに叱られたくない」と、親が症状を口に出さなくなる場合もある

▲「子どもに叱られたくない」と、親が症状を口に出さなくなる場合もある

「義理の親の介護」問題で離婚の危機に

――島影さんご自身は、実の子どもたちがご両親の介護に積極的でないことも、冷静に受け止められていたんでしょうか。

島影「仕方がないと思う反面、いらだってもいました。もともと、うちの夫はほがらかな性格で、1年のうち大半を機嫌よく過ごしている人でした。よく話を聞いてくれるし、理解する努力も惜しまない。若干、理屈っぽくて面倒なところはあるけれど、基本的にはなんでも話しあえて楽チンな相手だと思っていたんです。ところが、介護が始まった途端、やたら不機嫌でムッとしている。欲しい答も返ってこない。ならば、私はいっそ黙っていたほうが……と飲み込んで、怒りをため込む。そんなマイナスのスパイラルに思いきりハマリこんでいました」

――「いきなり介護」は、ご夫婦の関係にも影響を及ぼしたのですね。

島影「一時は、本気で『離婚しよう』と思っていました

――離婚ですか!

島影「ただでさえ、仕事と介護の両立でヘロヘロなのに、夫が不機嫌だなんてね。自分が追い詰められていた時期に、夫が『そこまでやらなくていい』『頑張らなくていい』と言う。そのたびに、アタマにきていました。『だったら、他に誰がやってくれるの!?』って。介護の手続きが一段落したら、次は離婚の手続きをしようと考えていました

――ご両親の介護が原因で離婚を考えるまでに、ですか。問題は連鎖するんですね。夫婦の関係を修復できたきっかけは。

島影「離婚に踏み切らなかったのは、介護体制を整える手続きや調整に追われていたからです。それでなくても簡単ではないのに、さらにここに離婚問題が加わるのは『無理ゲーだ!』と。そして、介護体制ができはじめ、気持ちに余裕が出てきたら、夫の言動の見え方が変わってきたんです。気持ちに余裕が生まれると、夫の『いつも頑張りすぎてテンパるんだから、適度に手を抜けよ』というセリフも、『だよね~!』と思えるようになりました」

――息子さんなりに、お考えがあったのでしょうね。

島影「最近ようやく気づいたのです。夫が“介護の話になると不機嫌でムッとしている”ように見えたのは、私の誤解でした。どうやら、自分の親の認知症に戸惑い、悩んでいたようなんです。考えてみれば、親の認知症なんて人生で初めての出来事ですから、夫が戸惑うのは当たり前。しかも、両親が立て続けですからね。でも、私のほうも、初めての介護経験にテンパって、夫の気持ちをまったく察知できていませんでした。夫婦間のモヤモヤを言葉にするのは面倒だし、パワーがいります。それでもやはり、夫婦でそれぞれの気持ちを伝え合う必要があるなと改めて痛感しています」

▲追い詰められ「介護の手続きを終えたら、自分の離婚の手続きをしようとまで考えた」

▲追い詰められ「介護の手続きを終えたら、自分の離婚の手続きをしようとまで考えた」

写真や動画が介護の手助けになる

――察知と言えば、この本には、ご両親の異変に気がついた島影さんご夫婦が部屋の写真を撮る描写が出てきます。写真を撮る行為は、認知症の対策に重要なのでしょうか。

島影「親がいやがらないのが大前提となりますが、可能な限り、写真を撮っておくと役に立ちます。介護が始まると、予想もつかない出来事が次々と、しかも同時多発的に起こります。うろたえる場面がありすぎて、あとで思い出そうとしても、記憶がおぼろげになる。私自身、そういった経験を何度もしました。親の行動で『ヤバい!』場面に遭遇したら、とりあえず写真を撮っておきましょう。そうすれば、気持ちが落ち着いた時間に画像を見返しながら、対策を考えることもできます」

――悲観的になったり、いらだったりしてしまいがちな介護ですが、画像があると冷静な気持ちに立ち返れるんですね。

島影「できるだけたくさん写真を残して家族で共有しておくと、たまにしか会わない人にも親の変化を感じてもらうきっかけになります。最近は意識的にスマートフォンで動画も撮っています。すべての動画を見返すわけではありませんが、話が聞きづらかったり、理解できなかったりしたときの振り返り用に使っています」

▲第三者に認知症の状況を知らせるためにも画像や動画を撮ることは有効なのだ

▲第三者に認知症の状況を知らせるためにも画像や動画を撮ることは有効なのだ

――撮影を肝に銘じます。動画も効果があるのですね。最後に、デリケートな質問をさせてください。もしも島影さんにお子さんがいらっしゃったら、現在と同じだけの介護はされていましたか。

島影「うーん……。同じような動き方は、できなかったでしょうね。ただ、キーパーソンに立候補するところまではやっていたかもしれません。『子どもが小さいので無理です!』と突っぱねる手もありそうなんですが、なんだかんだと躊躇しそう。むしろ、自分の子育て環境を守るためにも、介護の体制を早く整えちゃおうと考える気がします

――さらなる強い想いが胸に響きました。誰しもが避けられないであろう介護問題から逃げず、それでいて自分の暮らしは変えない島影さんの姿勢に、同じ状況下にある多くの人が励まされるのでは。

島影「無人島に、なんにも知らないで辿り着くのと、飲み水をつくる方法を知って辿り着くのとでは、ぜんぜん違いますよね。私が体験した出来事や採り入れた方法を、せっかくなら友達に、そして、これから友だちになるかもしれない未知なる人に届けたい。そんな気持ちで、この本を書きました。家族で抱え込んでしまうと、遅かれ早かれパンクしてしまう。SOSを発信する重要性を、自分の体験から学びました。読者の方に、『きっと味方はいます』『助けを呼んでいいんだよ』って、この本から伝えたいです」

島影さんは介護の日々を「無人島でサバイバルしている気持ちだった」と顧みます。世界でも類を見ない空前の長寿高齢化へと突き進む日本。これからの社会は日本中の誰しもが未経験な無人島の様相を呈し、まさにサバイバルと呼んで過言ではない状況でしょう。『子育てとばして介護かよ』は、未踏の暗がりにやさしい光を照らす、無人島へ持ってゆくべき一冊だと感じました。

子育てとばして介護かよ
著・島影 真奈美/イラスト・マンガ 川 KADOKAWA刊

31歳で結婚し、仕事に明け暮れた日々。33歳で出産する人生設計を立てていたけれど、気づけば40代に突入! 出産するならもうすぐリミットだし、いろいろ決断し時だな――と思った矢先、なんと義父母の認知症が立て続けに発覚。仕事の締め切りは待ったなしだし、なんとなくはっきりしない夫の言動にやきもきするし……。そんな現実に直面した著者が、ついに立ち上がる。久しぶりに会った親が「老いてきたなぁ」と感じた人は必読。仕事は辞めない、同居もしない。いまの生活に「介護」を組み込むことに成功した著者の、笑いと涙の「同居しない」介護エッセイ。

島影 真奈美
1973年、宮城県仙台市生まれ。国内で唯一「老年学研究科」がある桜美林大学大学院に社会人入学した矢先に、夫の両親の認知症が立て続けに発覚。「介護のキーパーソン」として別居介護に加わり、仕事・研究・介護のトリプル生活を送る。

吉村智樹(放送作家・ライター )

京都在住の放送作家兼フリーライター。街歩きと路上観察をライフワークとし、街で撮ったヘンな看板などを集めた関西版VOW三部作(宝島社)を上梓。新刊は『恐怖電視台』(竹書房)『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。テレビは『LIFE夢のカタチ』(朝日放送)『京都浪漫』(KB京都/BS11)『おとなの秘密基地』(テレビ愛知)に参加。まぐまぐにて「まぬけもの中毒」というメールマガジンをほぼ日刊で発行している(購読無料)。

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