「内政干渉」と批判されるエマニュエル駐日米国大使の動き
それでは、LGBTの当事者たちはどう考えるのか。LGBT差別禁止法の制定を求めている「LGBT法連合会」ですら、この与党修正案には「LGBTとされる人々に対して理解を進めるということが、そんなにも誰かの安全を脅かすことなのか。私たちの存在ってそのようなものとして社会に認識されているのかと思うと本当に辛くなります」(林夏生代表理事)と納得がいかない様子だ。
LGBTに関する情報発信を続けている一般社団法人「fair」の松岡宗嗣代表理事もこう語る。「性的マイノリティが加害してくる人たちかのような、社会を脅かすかのようなニュアンスを帯びて『多数派への配慮が必要』と。本当にそれこそがまさに差別、偏見に則った考え方だ」。
もともと「LGBTの拙速な法制化に反対」を表明している当事者団体もある。そのうちの「白百合の会」の千石杏香氏は、5月1日、日本記者クラブで、法案に関し「女性だと言い張る男性を女性として認め、女子トイレが使えるように解釈される可能性が高い。このような法律は不要だ」と話していた。
推進派、反対派、それぞれ異なる理由でこの法案に困惑し、落胆しているのだ。
LGBTをめぐる差別のない社会にすることは重要である。人は誰しも自分の存在を価値あるものとしてとらえたいし、他人に認めてもらいたい。アイデンティティを尊重される権利を持っているのだ。しかし、国会での議論があまりに乏しすぎる。法制化を急ぐ前に、まずは議論を深めたらどうか。
もともと岸田自民党はこの法案に乗り気ではないように見えた。ところが、ある時点から急に方針を変え、党内議論を早々に打ち切ってまでも、法案提出を急いだ。
その背景に、「内政干渉」と批判されるエマニュエル駐日米国大使の動きがあった。ドイツやカナダ、EUなど、15の駐日大使館の大使らが性的マイノリティの人たちの権利を支持し、差別への反対を呼びかけたビデオメッセージをエマニュエル大使がツイッターで公開したのだ。
G7広島サミットを前にしたメッセージだったため、岸田首相はにわかにLGBT法案に前のめりになっていったといわれている。
維新と国民の案を丸のみしたことについて、首相周辺は「多様性を重んじる社会を作る法案なので総理は幅広い理解を得たいと思った」と言う。しかしこれは表向きの解説であり、実際のところは、「党議拘束をかけないでほしい」と採決で反対する姿勢を示していた保守系議員をなだめる一心だったのだろう。
米国に言われてその気になって、党内保守派に「女性の安全」問題を指摘されて他党案に抱きついた。つまるところ、岸田首相にとっては、中身よりも、LGBT法案を成立させたという外形的事実が欲しいだけなのではないか。マイノリティへの差別のない社会がなぜ必要なのかについての理解が、この国ではまだまだ進んでいないように感じる。
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image by: 首相官邸