ベンツもBMWも国外へ“脱出”。ドイツから大企業が続々と逃げ出している深刻なウラ事情

 

一方、こういう状況の下、野党の作戦は至極シンプル。暖房法案を叩けば叩くほど、緑の党の分が悪くなるという、かなり確実な目算が立てられる。そこで、野党CDU(キリスト教民主同盟)のハイルマン議員が、このような採決の強行は、立法における議員の権利を侵害するとして、基本法裁判所(最高裁にあたる)に、夏休み前の急な採択を中止するよう緊急提訴した。法律の中身ではなく、議会手続きの不備について訴えたわけだ。その結果、7日になって最高裁がそれを認め、緑の党の虎の子であった暖房法案は、土壇場になってブレーキがかけられた。その日の夜のニュースでコメントを出していたハーベック氏は、平静を装っていたものの、動揺は隠せなかった。もちろん面目も丸潰れになった。

さて、今後の進行はというと、夏休み中に臨時国会を招集して採決するという方法もあったが、休暇中のドイツ人を仕事に呼び戻すというのは、ほぼ不可能だ。以前、ドイツ鉄道のある大きな駅で、ちょうど夏の休暇の時期に病欠が重なって電車の安全運行が困難になり、休暇中の駅員を特別手当を出して呼び戻そうとしたが、誰も応じず、駅が1ヶ月近く閉鎖されるという「事件」があった。暖房法案についても、やはり臨時国会の案はなく、採決は秋に持ち越される見込みだ。しかし、その頃には、じっくり法案を読み込んでいる野党議員もいるだろうから、どさくさに紛れて可決に持ち込む緑の党の作戦は使えなくなるだろう。

実際、暖房法案はまだツッコミどころが満載だ。ショルツ首相もハーベック大臣も、「お宅の暖房は」と聞かれたら、遠隔暖房と答えていた。冒頭に記したように、遠隔暖房は、近い将来、燃料の65%が再エネに変わっているという前提なので、そのまま使い続けて良い。ただ、これがいつ、どのように65%再エネに変わるのかという話は一切語られていない。

一方、遠隔暖房のない地域で推奨されているヒートポンプは、たとえ補助が出ても、設備自体が高価であるだけでなく、大掛かりなリフォームが必要になる。このままいけば不動産の持ち主は、自分で住んでいる人も、人に貸している人も、あるいは大規模な住宅公社のような法人も、払いきれずに不動産を手放さなければならなくなる可能性が高い。なお、現在ヒートポンプは、製品自体も、それを設置する業者も不足している。ドイツのエネルギー政策には矛盾が多すぎる。

そもそも、ドイツが排出するCO2というのは、世界で排出されているCO2の僅か2%ほどなので、ドイツ人が工場を止め、発電所を止め、息をすることを止めても、2%減るだけだ。これで多大な産業の犠牲を出しながらガスと灯油の暖房をやめても、肝心のCO2削減という目的にどれだけ貢献できるのか?

しかし緑の党は、どうみても効用が不明の暖房法案に政治生命をかけたわけだ。そして、悲しいことに、ここにドイツの国民経済の浮沈がかかっている。

いまだに夢物語を語ることをやめない緑の党に率いられているドイツ、再び「ヨーロッパの病人」になる日は近いのではないか。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : gerd-harder / Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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