就職先を探して8年。複合的な障がいをもつ要支援者の死に思うこと

 

彼はその障害特性ゆえにずいぶんと学ばせてもらった存在でもあった。出会って間もない時にファミリーレストランで待ち合わせをした時に私は5分程遅れた。レストラン内で待っていることにしたから、少々の遅れは問題ないと気軽だったが、彼は遅れたことを許さなかった。

テーブル席に座っても何も話さず、私の呼びかけに一切応じなかった。目も合わせようともしない。遅れた私が全面的に悪いから、謝ったものの、許してくれない。誠心誠意を見せようと頭を下げたが、その日は許されないまま、彼だけが店を出た。

その彼の時間に対する感覚は敏感で特性のひとつでもあった。待ち合わせには30分前から待っている。その必要がないと諭しても、それが彼のやり方で、自身の不安を打ち消す行動原理だった。それから私も時間の管理に真剣に取り組むようになった。

ある日の彼との待ち合わせでは、前の予定が長引き、待ち合わせ場所に向けて駆け出すと身に着けていたスマートフォンが落下し路面に打ち付けられ、画面が割れたことがあった。急ぐとよくない、時間の管理を無理なく行う、ことの教訓は割れたスマートフォンから始まったことでもある。

彼との就職活動はそんな彼の感覚に合わせながら、この数年、履歴書を出し続け、多くは書類選考で落選したが、時には面接に進み、そして時には実習にこぎつけることもあった。丸の内の出来たばかりの巨大なビルの中の大手企業、埼玉県郊外の炎天下の中での作業場、ドラックストアのバックヤード、山間のごみ処理場、機械の組み立て工場-。

面接や体験、実習で多様な職場に行って、そして不採用となったが、彼は就職活動をやめなかった。いつか合格して祝杯をあげようと言い続けて数年が過ぎて、そして彼はもういない。彼がなくなったと同じタイミングに、私は駅のホームでカバンを落としてしまい、中にあったパソコンの液晶画面が割れてしまった。彼の最後のメッセージだろうか。

彼には就職活動をやめなかった気持ちを讃えたい。そしてもう就職のことを考えなくていいのだと、伝えたい。この文章はそんな彼への鎮魂譚としたい。

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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