学校側も、節度を越えているのではないかという命令を受けることが結構ある。
例えば「学力調査の点数を向上しろ」とか「体力テストでもっと良い成績を報告しろ」とか、色々ある。
ずっと上の組織から降ってきた命令により、過度な「管理」を求められることも多い。
それらは単なる「対策してますよ」の言い訳づくりであることがほとんどである。
もしそれで現場に落ち度があれば、命じた側はそこを突っ込んで責めることができるという構造になる。
要は、相手を信用していないからこそ、意図的な領域侵犯をしてしまうのである。
「こちらが命令しないと必要な学習をしないだろう」という前提が、一律の宿題にはある。
「学力向上対策をやってますよ」の言い訳づくりのためが根底にあるなら、有害そのものである。
本当にその宿題は学力向上に貢献しているのかと問う姿勢が必要である(繰り返すが、家庭学習の習慣づくりは、完全に家庭教育の領分である)。
「管理」の名の下においては、全てを自分の下に置くこともできる。
だからこそ、子どもを「管理」する立場にある自覚をもち、余計な手出し口出しを控えるようにする必要がある。
一方で「管理」する立場にある以上、危険なことに対してははっきりと「NO」を示す毅然とした態度も必要である。
また「管理」という言葉自体に拒否感をもつ人もいるかもしれないが、子どもの管理者であることは紛れもない事実である。
教員という立場は友だちでも仲間でも家族でもなく、子どもを預かる管理者としての責任が常にある。
そういう「領分」なのである。
互いにとって丁度良い距離感を保つ。
互いの領域侵犯をしない。
自然と人間というだけでなく、教育においても重要なポイントである。
image by: Shutterstock.com