全員避難まで焼け落ちず。JAL機炎上から乗客の命を守った「日本企業」の功績

 

話題の「90秒ルール」を巡る大きな誤解

その点でいえば、今回の日航機の機材がエアバスA350/900という機種であったことには大きな意味があります。それは、今回の事故は、炭素繊維などの複合材を全面的に使用した大型機の全焼事故としては、史上初のケースだからです。一部には複合材を使用した新鋭機だから乗客が助かったという説がありますが、これは話を単純化するにしても無理があります。

基本的に金属製の機体と比較すると、複合材の場合は重量を軽くすることができます。また、腐食しにくいので機内の湿度を上げることができる、更に膨張に強いので機内の気圧を金属製機体より高めることができます。つまり、燃費がよく、乗り心地(乾燥しない、耳ツンになりにくい)がいいということで、性能としては画期的です。

ですが、様々な素材を組み合わせているものの、基本は炭素繊維(カーボンファイバー」という可燃物ですから、最後は焼け落ちます。ですが、それでも90秒ルールをクリアし、できるだけ延焼を先延ばしするように設計がされているわけです。

こうした複合材を本格的に使用した機材としては、まずボーイングの787シリーズがあり、またボーイングでは777シリーズの改良型「X」シリーズでも導入しています。エアバスの場合は、超巨大機のA380と、今回の事故機A350で本格導入がされています。その複合材の機体がしっかりと90秒を越える避難の所要時間まで乗員乗客の生命を守ったというのは、まずは画期的です。

事故機の写真では、真っ黒に焼け落ちた胴体が衝撃を与えます。最終的にはあのように、焼けてしまうのが複合材の特徴ですが、それでもしっかりと避難に必要な時間を確保できたことは大事なことです。その上で、複合材がどのように焼けたのか、つまりケロシンという最も可燃性の高い燃料の炎に晒されながら、どのように耐えたのかということでは貴重な事例になるわけです。

更に、注目すべきなのは機首の状況です。複合材は、先程申し上げたように膨張には強いのですが、金属と比較して押されると凹みやすい性質を持っています。勿論、様々な補強がされているにしても、350機の機首が海保機と衝突しながら、コックピットや主要機器を守ったというのは設計の勝利と言えるかもしれません。いずれにしても、この点についても精査がされると思います。

ちなみに、エアバス社に炭素繊維複合材を供給しているのは日本の帝人です。(ボーイングは東レ)今回の事故調査に関して、帝人が参加しているのかが非常に気になります。複合材機として初めての全焼事故である、今回のケースから徹底的にデータを収集して帝人として技術革新に努めていただきたいと思うからです。

多くの報道では、クルーの側の「90秒ルール」つまり、重大な事故に際して90秒で乗客全員を安全に機外へ脱出させるルールが話題になっています。ですが、まず機材の「90秒ルール」があり、その上で避難誘導の「90秒ルールがある」という点は重要です。機材に関して、型式認定において厳格に「90秒」が証明されているのを前提に、クルーはその時間を利用して乗客を安全に避難させる、航空保安という観点から全体像を見るのであれば、そのような順序になるからです。

ところで、このクルーの側の「90秒ルール」ですが、これを適用して厳格な訓練を行っていたのが、あたかも日本航空だけのような説明がされていますが、これは大きな誤解だと思います。中には、日本航空は「御巣鷹山」における747の墜落など多くの事故を経験しているので、その蓄積による「血のマニュアル」がある、などという「おどろおどろしい」解説もあり、国外の論評でもそのような言及が見られます。これもかなりひどい誤解だと思います。

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