全員避難まで焼け落ちず。JAL機炎上から乗客の命を守った「日本企業」の功績

 

そもそも日本航空だけのものなどではない「90秒ルール」

仮に、日本航空において経験則から来る「マニュアル」があったとして、それが本当に効果のあるものであれば、世界中で共有されなくてはなりません。また、日本航空独自の「気づき」が主観的で非合理なものであれば、それは国際的な監査を受けることで訂正されてしまいます。つまり、運行会社独自のノウハウというのは、例えば乗務員のモラルやモチベーションの「プラスアルファ」ということはあるかもしれませんが、具体的にはあり得ないものです。まして「血のマニュアル」などということはあり得ません。

それ以前の問題として、「90秒ルール」というのは訓練ではありません。これは一種の資格試験で、1年に一回、乗員は実際にこの「90秒以内に、機材の片側の非常口だけ(もう一方の側は火災と想定)を使って乗客を安全に機外へ脱出させる」実技試験と、関連した内容の筆記試験を受けます。この試験は合格しないと、以降は乗務ができなくなるという厳しいものです。

そして、このルールはJAL独自のものではないし、日本だけのものでもありません。世界の主要な航空会社全てが加盟している「国際航空運送協会(IATA)」が設けているルールであり、そのルールに基づいてIATAは監査をしているし、多くの国ではIATAの監査をクリアすることを航空会社への免許交付の条件としています。

この「90秒ルール」の関連では、実際に総員の緊急脱出を行う際の「手荷物」の問題が話題になっています。一切の手荷物は機内に置いて行くというルールが、今回は徹底され、これが「全員生還」につながったのは事実だと思います。この点については、日本航空だからできたとか、日本人の乗客だから民度が高く整然と荷物を残して避難できたという解説がありますが、これも少し違うと思います。

実は、過去の航空機からのシューターを使用した脱出避難の事例では、日本でも多くの問題が起きていました。2017年に国の行政機関である運輸安全委員会(JTSB)が公表した内容によれば、次のように厳しい指摘がされています。

「運輸安全委員会が平成29年12月までに公表した航空事故等調査報告書(約1,500件)のうち、14件で脱出スライドを使った非常脱出が行われており、うち13件で旅客が負傷している状況にあります。また、国内で脱出スライドを使用した最近の下記事例でも旅客に多くの負傷者が発生しています。」

とした上で、具体的には、

「平成28年5月、東京国際空港にて離陸滑走中の旅客機のエンジンから火災が発生。滑走路上に停止後、非常脱出を行った際に乗客40名が軽傷を負った。」

「平成28年2月、新千歳空港の誘導路上で停止していた旅客機の機内に異臭及び煙が発生。その後、エンジン後部で炎が確認されたため、非常脱出を行った際に乗客1名が重傷、乗客2名が軽傷を負った。」

「平成25年1月、飛行中の旅客機にてバッテリーの不具合を示す計器表示とともに、操縦室内で異臭が発生。高松空港に緊急着陸し、誘導路上で非常脱出を行った際に乗客4名が軽傷を負った。」

と事例を紹介、更に国外の事例として、

「さらに、令和元年5月6日未明(日本時間)にモスクワの空港に緊急着陸した旅客機の炎上事故の際、脱出スライドによる非常脱出を行いましたが、多くの旅客が死傷しました。当該事故の原因については、関連機関が調査中ですが、非常脱出時に一部乗客が手荷物を持ち出して脱出したことによって他の乗客の脱出が遅れた可能性もあると報道されています。」

としています。(引用は『運輸安全委員会ダイジェスト第26号』より)

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