TSMC熊本第1工場は本来、日本勢が作るべきだったもの
では、どうして今回、世界一と言われるTSMCがこの旧世代の汎用品製造に乗り込んできたのかというと、そこには政治的な理由があります。
安全保障上の「万が一」という事態を考えて、サプライチェーンの再構築が叫ばれる中で、同社としてもあるいは西側世界全体としても、日本でTSMCがこの種のビジネスをすることへの理解が進んだからです。
またEVシフトが進む中で、自動車のコスト構造にも変化があり、かつての日本企業のように下請けとして「ヘトヘトな仕事」に甘んじるわけでもないような変化が生まれたこともあります。
にもかかわらず、どうして日本勢が改めて汎用品など旧世代の半導体を「しっかり利益が出るような強気」に出て、経営の自立を図ることができないのかというと、こちらは過去の経緯から難しいということがあり、また限られた人材や資本は「やはり最先端の分野にシフトして戦おう」という官民の理解があるからと考えられます。
つまり、この第1工場は「本来なら日本勢が頑張っても良い」分野なのに、「自動車産業の下請けにされて疲弊」した過去、そして「カネがない、人材がない中で、最先端にシフトしたい」という官民の思惑から日本企業が手を引きつつある結果なのです。
そして結局のところ、同じ分野をやるにしてもTSMCのような資本力と経営ノウハウがあったほうが、「全員が不幸にならない」ということになったと考えられます。
TSMC熊本第2工場に見え隠れする「もう1つの国辱」
もっと意味不明なのは、第2工場です。当初、TSMCは「最先端の微小テクノロジー」を使った半導体工場は日本では展開しないとしていました。それが途中で話が変わって、進出することになったのです。
例えばアップルのMacbookだとか、iPhoneなどに使われている、アップル独自の設計による専用チップなどです。ちなみに、この「最先端」については、日本の半導体産業は壊滅状態でした。
そもそも、半導体の基礎技術を作ったのは日本です。物理学者が理論を発見したというレベルになるとアメリカなのですが、それを応用してどんどん実用化していったのは日本でした。
1960年代までのような「真空管」では信頼性も消費電力も全くダメなので、トランジスターを実用化したのも日本ですし、そのトランジスターを高度に集積した集積回路(IC)や高密度集積回路(LSI)の最先端における製造技術を編み出したのも日本でした。
例えば、今はインテルとこのTSMCがほぼ独占しているCPU(演算回路)というものも、そのコンセプトを発明したのは日本のCASIOだったのでした。
ところで、半導体というのは巨額な投資が必要です。また先手先手を読んで、どんどん新規の製造技術、製造設備を用意するための果敢な判断、つまりリスクを取ったクイックな判断が必要でした。
日本勢は、少なくとも1990年前後まではそれなりに戦っていたし、技術的にも最先端を維持していました。世界の半導体産業の中でシェアの50%とか40%を支配するという時代が長く続いたのです。
ですが、日本の半導体産業は没落していきました。競争に負け、どんどんその地位を落としていったのです。