国務・国防両省は何をしていたのか?
戦争に直結するような大統領の決断が慎重に行われなければならないのは当然で、政治や外交にド素人の大統領が写真を見たくらいで「乱心」してしまいかねないのを、より広く深い見識と戦略的理性を以て正しい判断に導くのが国家安保会議(NSC)を仕切る安保担当補佐官や国防長官の役目だが、悪いことに、マクマスター補佐官もマティス国防長官も生粋の軍人出身で、想像するに、戦争手段に訴えることの是非を議論することは苦手であって、ひとたび戦争するとなった場合に、例えば
- A案(シリア軍の全基地&化学兵器関連施設の破壊)
- B案(アサドのピンポイント的な爆殺)
- C案(今回事件に関連した1つの基地施設への象徴的かつ小規模なミサイル攻撃)
──のどれがいいかという議論は得意だろう。
そういう場合に、国務・国防両省の上級官僚が果たす役割は結構重要で、過去の様々な経緯とか歴史的な背景、その1つの政策選択がもたらす国際法上の問題点や国際関係全般への影響予測、またシリア問題そのものの解決策の選択肢等々、いろいろなことを目配りして、トップに対してプロフェッショナルなアドバイスをしなければならないだろう。
しかし、皆さんご存じですか? トランプ政権が発足して3カ月を経た現在、国防総省ではマティス長官以外の政治任用されるべき主要な幹部約50人のほとんどが空席のままであり、格下の職員が「代行」の肩書きで何とか切り盛りしている。国務省に至ってはもっと酷くて、同様に政治任用ポストの大半が埋まっていないだけでなく、トランプが省予算の3割カットを打ち出したので全体の士気低下が著しい(8日付日経、秋田浩之コメント)。
つまり、国務・国防総省は機能せず、国防長官と安保担当補佐官は軍人上がり、大統領は写真ごときで「乱心」するド素人という、信じられないようなお粗末な態勢で、「世界最大」というだけでなく「世界史上最強」とまで言われる軍事超大国が運営されているのである。トランプ政権は、車に例えれば、バンパーは外れ、ライトは消え、ブレーキ・パッドは摩耗し、タイヤの1本か2本はパンクしているような状態で走り出したのだが、これでまともに走れる訳がない。実を言うと、世界と日本にとって最大の安全保障上の危険はここに存するのであるけれども、安倍政権はそのように認識せず、慌てて「支持」や「理解」を示している。
それにしてもトランプはどうして?
これも余り知られていないことかも知れないが、トランプは13年8月にオバマがダマスカス空爆に踏み切るかどうかの上述2番目の危機の際には、一貫して空爆に反対していた。タイム誌が蒐集したその前後のトランプのツイッターは、13年6月16日から14年9月20日までの間に18通に及ぶ。内容は実に一貫していて……
シリアに関わるべきではない。「反体制派」は現「アサド」政権と同じくらい悪い。我々の命と何十億ドルを費やして何が得られるんだ?ゼロだ」(13/6/16)
覚えておけ、こういうシリアの「反体制派の」「自由の戦士たち」は我々のビルに飛行機を突っ込ませようとしている」(13/8/29)
シリアを爆撃して得られるものと言えば、もっと多くの負債と長期にわたる紛争だ。オバマは[爆撃に踏み切るのなら]議会の同意が必要だ(13/8/29)
という調子で延々と続く。そもそもなぜトランプがシリアに関してこういう思考を持ったのかは謎で、アサド政権維持を主張しているロシアの考えに影響されたとか、シリアが大量難民の供給源となっている現実に対する損得勘定的な判断が働いたとか、いろいろ言われるが、分からない。
従ってまた、その一貫していたように見えたシリアに関する思考が、ここで余りに簡単にコロリとひっくり返った理由も、よくは分からない。