トランプのシリア爆撃、たった2枚の写真に騙された可能性

 

こんなタイミングでなぜアサドが?

今回の場合も、アサド政権側には切羽詰まって化学兵器を使わなければならないような事情は全くないどころか、もし使えばたちまち不利な立場に陥ることは分かりきっていたはずなので、客観的に見て、アサド側がそのような挙に出る動機が見当たらない

ロシアとイランの軍事的支援を得たシリア政府軍のIS支配地域への進攻は効を奏して、昨年12月には反体制派の拠点となってきた北部の最大都市アレッポの奪回を果たし、それを背景にアサド政権側が優勢を保ったまま反体制派との停戦合意が成立、政府軍と反体制派が共にIS撲滅に立ち向かう態勢が整い始めていた。加えて、従来はアサド政権打倒を目標として反体制派を支援してきた米国が、トランプ政権になって方針を転換し、「アサド打倒は最優先課題ではない」という姿勢を公にしつつあって、アサドからすれば、内戦勃発以来の5年間余りで最善の内外環境が実現していた訳で、それをわざわざ自分でブチ壊すような真似をするだろうか。

逆に、反体制派側にしてみれば、米CIAやサウジアラビアはじめスンニ派富裕国からの支援が次第に先細って組織が衰弱する中、アサド政権軍との競り合いでも負けてアレッポも失い、これでトランプが「アサド打倒は最優先課題ではない」すなわち「反体制派を支援しない」路線に転換すれば、壊滅状態に追い込まれかねなかった。従って、彼らにはここで自作自演の大芝居を打ってでも流れを堰き止めたい理由が(状況証拠的には)十分にあり得た。

もちろん、アサド政権とロシアが主張しているように、アルカイーダ系ヌスラ戦線の化学兵器貯蔵庫をたまたま空爆してしまったという「偶発」説もありうる。いずれにせよこれは、国連など第3者機関による調査に委ねて事実を確定した上で、国際社会全体として対処すべき事柄であって、それ抜きにいきなり米国が勝手にミサイルを撃ち込むというのは拙速を通り越して衝動的で無謀である。

証拠もなく即座に判断できるのか?

3月30日には、ティラーソン米国務長官が訪問先のトルコで「アサドの長期的な地位はシリア国民が決めることだ」と発言し、同日、ヘイリー国連大使も「われわれの優先課題はもはや腰を据えてアサドを追放することではなくなった」と述べた。

続いて31日にはスパイサー米大統領報道官が会見でシリア政策について「ISの打倒が最優先であり、そのためトランプ政権としても現実的な対応を取る必要がある」と語ったことで、オバマ時代以来のアサド政権打倒優先の方針は正式に撤回・変更されたのだが、その3日後の米東部時間4月3日23時30分(シリア時間4日6時30分)頃にシリア北西部イドリブ県ハーン・シェイフンの町で空爆があり、神経ガスが使われた可能性が浮かび上がった。

それから11時間後の4日10時30分、大統領への毎朝定例の情勢報告で国家安全保障局(DIA)及び中央情報局(CIA)の担当者から化学兵器の使用状況について説明を受けたトランプは、米紙報道によれば、特に子どもが被害に遭った2枚の写真の「惨状に非常に心を乱された様子」(スパイサー報道官)で、その場で「攻撃がどのように行われ、誰が実行したのか、徹底的に調査するよう指示した」(9日付朝日)。

しかし、それから1時間足らずの正午頃、その「徹底的な調査の結果がまだ届いていなかったに違いない段階で、トランプは報道官を通じて「文明社会において看過できない、許されぬ行為だ」とアサド政権の「極悪な振る舞い」を非難する声明を発表した。

たぶんその時点までにトランプに届いていた証拠らしきものとしては、

  1. アサド政権が14年8月と15年3月にヘリコプターから塩素ガス入りの「樽爆弾」を投下したという国連と化学兵器禁止機関(OPCW)による昨年8月の報告書
  2. 過去に化学兵器攻撃に使われたとされる航空機と同じ機体が4日の空爆に参加していたことを示すペンタゴンの衛星監視写真

──くらいしかなかったと推測される。それで本当に「アサド政権の仕業」と即座に断定する声明を出せるのかどうか。2枚の写真に「非常に心を乱された」──つまり「乱心のなせる業だったのではあるまいか。

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