「不足」は本当に不幸?今からでも遅くない人生の価値を変える方法

matsuo20171130
 

あれを手に入れたら次はこれ、何かをもらっても「もっと」と、人間の欲求は底なし沼のようであり、どんどん膨らむ風船のようでもあります。そんな欲求に振り回されることなく、人生を価値あるものにするにはどうすればいいのでしょうか。無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』の著者・松尾英明さんが、そのヒントを記しています。

不足は幸福の母

人間というのは、苦労して得たものに価値を見出す。渇望している時に得たものに感動するほどの喜びを覚える。あるはずのものが不足し、それが手に入った時に、有難みに気付く。つまりは、「不足が感動・感謝を生み幸福につながる」と考えた次第である。不足は幸福の母である。逆にいえば、不足を感じずに充足された場合、価値も感動も感謝も生じない。それは、まことに不幸なことである。

私の大好きな寓話に、「王様のご馳走」のお話がある(子どもの頃きいた話で、出典がわからない)。

あらゆるものが何でも手に入り、世界中の料理を食べ尽くしたグルメの王様がいる。国一番の料理人を呼びつけ、未だ食べたことのない最高に美味い料理を出せという。料理人は承知し、ただ、その料理はお城の中では食べられないと伝える。

料理人は王様を連れて山を越え谷を越え、歩き続ける。馬車の入れない山道なので、王様も一緒に歩くしかない。

「まだ着かないのか」
「もう少しでございます」
「何か食べるものはないのか」
「世界最高の料理を召し上がっていただくので、ご辛抱ください」

王様は空腹が限界に達する。

「お腹がペコペコで、もう歩けない!」

(そもそも、ぐうたら暮らしていたせいで、体力も根性もないので、音を上げるのも早い)

そこで料理人は「世界最高の料理」を出す。何と、具も何もないただの「塩むすび」である。王様は、貪るようにそのおにぎりにかぶりつく。「こんなに美味いおにぎりは生まれて初めてだ」と感動する。

そんなお話である。私はおにぎりと聞いたが、外国の話だから、もともとの話では一切れのパンなのかもしれない。おにぎりだろうがパンだろうが、どこにでもある普通の食べ物である。それを「世界最高と感動させた隠し味は、空腹感、つまり、不足である。

不足による必要感こそが、ものの真の価値を照らし出す。万事に通用する真理である。崇高なものに対してから卑近なことまで、あらゆることに適用できる。

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