熊本震度7は「南海トラフ」大地震の前兆か? 危険と隣り合わせの時代へ

 

では、我々はどのような心構えでいればよいのだろうか。南海トラフ地震に関する政府の見解をチェックしておこう。

政府は東日本大震災後、南海トラフ地震の規模の想定を最大級に引き上げた。マグニチュード9死者を32万人と推定。ただし、そのような巨大地震は「1,000年に一度しか起きないとしている。

最悪の事態を想定するのは当然だ。想定が甘かったため、東日本大震災で福島第一原発の未曽有の大事故が起きた。しかし、最大の想定をしても、それが「いつ起きても不思議ではない」のか、「滅多にないこと」なのか、どちらを強調するかによって、国民の防災意識は大きく異なってくる

2013年3月、中央防災会議・南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループは第2次報告をまとめ、以下のように「想定の性格」を記している。

モデル検討会で想定された南海トラフ巨大地震は、最新の科学的知見に基づく最大クラスの地震である。明確な記録が残る時代の中ではその発生が確認されていない地震であることから、一般的に言われている「100年に一度」というような発生頻度や発生確率は算定できず、1,000年に一度あるいはそれよりもっと低い頻度で発生する地震である。

筆者はこの文章にトリックがあるような気がしてならない。たしかにM9の南海トラフ地震が起きたという記録はない。だが、1707年の宝永地震はM8.4ないし8.7だったとされている。しかも、宝永地震のマグニチュードが正確に分かるはずがない。マグニチュードの計算方法が考案されたのは1935年以降のことである。過去の南海トラフ地震のマグニチュードは遺跡の地震・津波の痕跡や古文書の記述から推定しているに過ぎないのだ。「100年前後に一度」の周期で起きてきた南海トラフ地震のなかには、M9クラスのものが含まれていたことも否定できない。

一方で、政府は南海トラフ地震の発生確率について「今後30年以内に70%の確率で起こる」とも言っている。どういうことだろうか。「1,000年に一度」と、「今後30年以内に70%の確率」の間には矛盾はないのだろうか。官僚の頭脳は整合性があるように思わせるうまい理屈をひねり出しているに違いない。しかし、実のところは、政治、行政の力が有識者会議に働いたがゆえの、二枚舌に近いのではないか

近い将来、南海トラフ地震が襲ってくることは予想できる。しかし、政府の立場は「人心の安定をはかることだ。

「1,000年に一度か、もっと低い頻度で発生する地震」であり、さほど心配することはない。しかしひとたび起きると、甚大な被害をこうむる。だから「正しく恐れてほしい」と絶妙な言葉づかいで国民に語りかける。

しかしそこには、220兆円という途方もない経済損失予測を示し、国土強靭化と称する巨額予算を組む政治的思惑も垣間見える。被害想定は大きくして、公共事業予算の拡大をはかり、巨大地震の発生する確率はできるだけ曖昧にしておこうということなのだろうか。

1995年の阪神淡路大震災、2011年の東日本大震災を想定できなかった地震学者たちの、将来の言い訳づくりのような感もある。国交省官僚と結託して、防災という大義名分のもとに、観測や研究のための巨額予算配分の恩恵に浴してきたのが地震予知にかかわる「地震村」の学者たちだ。科学的考察より国策になびく精神構造が、被害想定の報告書をわかりにくくしたとも考えられる。

30万人以上の人命が失われ、200兆円を超える経済的損失をこうむるような巨大地震は、「1,000年に一度」なので滅多に起こらないのか、それとも「1,000年に一度」の地震がすぐそこまで迫っているのか。

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