敵兵にも義足を送った、明治天皇の皇后「昭憲皇太后」の慈悲心

 

「世界人類に向け、人種や国境を越えて福祉に寄与すべき」

国際赤十字の活動は、当初は戦時に傷ついた将兵を敵味方に関わりなく手当てする事を目的としていたが、それをさらに災害救援や感染症対策など「平時救護事業」に大きく広げたのが、昭憲皇太后の思召しだった。

1912(明治45)年、アメリカ・ワシントンDCで開かれた第9回赤十字国際会議で、基金設立の提議文を読み上げた日本代表は、その冒頭で、昭憲皇太后から次のような思召しがあったことを紹介した。

赤十字事業の意義は、慈しみという、人類普遍の精神に求めるべきであり、しかもこの事業には国境があってはならない。戦争のない平和時にあって各国の赤十字社が互いに助け合うとき、世界ははじめて、本当の意味で親睦の和を結ぶことができる。赤十字の使命は、人類の幸福と平和に寄与することである。
(『昭憲皇太后さま』明治神宮/鹿島出版会)

世界各国の委員は深い感銘を受け、その大御心を永遠に記念するために「昭憲皇太后基金」と名付けた。時の米国大統領タフトは皇后に感謝の電報を送り、その中で「皇后陛下は、この慈愛にして崇高なご行為によって、赤十字が世界人類に向け、人種や国境を越えて福祉に寄与すべきであることをさとされた」と述べた。

ここに赤十字は、「世界人類に向け人種や国境を越えて福祉に寄与すべき国際団体として、大きな一歩を踏み出したのである。昭憲皇太后は次の御歌を詠まれている

日のもとのうちにあまりていつくしみ外國(とつくに)までもおよぶ御代かな
(日本から溢れ出た慈しみが外国にまで及ぶ御代となったことだ)

親睦の和」を世界が結んだ一例は、東日本大震災の際に示された。日本赤十字社社長、国際赤十字・赤新月社(JOG注:イスラム諸国では宗教的理由から「十字」のかわりに「新月」を使う)連盟会長の近衛忠輝はこう語る。

東日本大震災では、昭憲皇太后基金の配分対象となった多くの発展途上国からも、感謝の意を込めて救援のための寄付金が寄せられました。それは金額の問題以上に、人道で結ばれた『連帯の精神』の現れでありました。
(『明治日本のナイチンゲールたち 世界を救い続ける赤十字「昭憲皇太后基金」の100年』今泉宜子・著/扶桑社)

皇室による「窮民救恤(きゅうじつ)」

そもそも近代日本における社会福祉は皇室が先導された。明治政府による公的救済活動はまだ限られていたため、その空白を埋めたのが皇室の活動だった。

明治天皇は践祚後わずか2年半の明治2年8月に「窮民救恤(きゅうじつ)の詔」を発せられ、維新の戦乱で家を焼かれ、生業を失い、またその年の冷夏による不作で困窮する国民を助けられることを宣言された。宮廷費7万5,000石から1万2,000石を節約して、その救恤にあてられたのだった。

明治10(1877)年からの西南戦争では、佐賀藩出身の佐野常民(つねたみ)が欧州留学で学んだ赤十字活動を実践しようと、皇室の許可を得て「博愛社」を設置し、九州と大阪で臨時病院を設置して救護活動を行った。

博愛社は明治16(1883)年以降は、皇室から毎年300円の御手元金を下賜されて基本的な活動資金とした。明治20(1887)年、両陛下は博愛社を皇室の保護のもとに運営されるご意思を示され、名称を「日本赤十字社」と改め、万国赤十字社本部に加入することが決まった。

以後、両陛下から毎年下賜金があり、また明治23(1890)年には病院建設用地として東京府内の1万5,000坪を下賜された。現在の日本赤十字社医療センターである。

当時は欧米と同様、戦時の傷病兵を救護する事だけを行っていたが、明治21(1888)年7月の福島県磐梯山の噴火では多くの死傷者が出て、昭憲皇太后は日本赤十字社に命じて、救護班を被災地に向かわせ、多額の金銭的援助もされた。これを契機に日本赤十字社の社則に「天災救護施」が加えられた。

その後、明治24(1891)年、14万2,000余戸が全壊した濃尾地震、明治29(1896)年、2万2,000人の死者が出た三陸大津波など大規模災害が続き、日本赤十字社が災害救助にあたった。皇太后は大小様々な天災の都度、救恤として御下賜金を送られ、明治期全体では合計265件にも及んでいる。

また、その頃から海外の窮民にも救恤が行われていた。明治35(1902)年、カリブ海の仏領マルティニータ島でのプレー火山の大噴火、明治41(1908)年、イタリアのシシリー島を襲ったメッシーナ地震にも、巨額の救恤金を送られている。「人種や国境を越えて福祉に寄与すべき」は、すでに実践されていたのである。

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