時間をかければ一生懸命と評価される社会と正反対な虫採りの世界

 

まだ定職を持っている虫屋(虫採りの趣味人を仲間内で呼ぶ言葉)連中に聞くと、早く定年を迎えて虫取り三昧の生活をしたいという人が多いが、定年になって数年もすると、虫採りが昔ほど、楽しく思えなくなったという人が結構いる。現役の時は仕事の合間に虫採りに行くので、楽しさが際立ったのだが、毎日いつでも虫採りに行ける身分になってみると、ワクワク感が減退することは仕方がないのであろう。それで、私も定年になって、虫採りに行くパトスが減衰したのかもしれないが、現役の時もそれほど真面目に仕事をしていたわけでもないので、単に歳をとって根性がなくなっただけなのかもしれない。

それで、沖縄には、オキナワホソコバネカミキリのメスを採りたくて行ったのだ(オスは採ったことがあるのだ)。このカミキリは沖縄のやんばるの森にゴールデンウイークの前後にだけ出現する珍種で、2013年の5月5日に沖縄在住の玉城康高君が採集するまで、その存在を知る人間は誰もいなかったのだ。

ホソコバネカミキリ属(Necydalis、愛好家はネキと呼ぶ)はカミキリムシの中で最も人気のあるグループで、採集者が沢山訪れるやんばるの森で、なぜこの時まで見つからなかったのか不思議な気がするが、実はゴールデンウイークの頃の沖縄本島は、春もの(春出現)のカミキリと夏もののカミキリの端境期で、めぼしいカミキリムシはほとんどいないので、航空券も宿泊費も高いこの時期にわざわざカミキリムシを採りに行こうという酔狂な人はいなかったのだ。

多くのカミキリ屋は沖縄にもネキがいると思っていたに違いないが、だれもこの時期に出現するとは思っておらず、この時期に真面目に探す人はいなかったのである。というのは、屋久島に棲息するヤクシマホソコバネカミキリの出現期は7月中旬で、奄美大島に棲息するアマミホソコバネカミキリの出現期は6月下旬~7月上旬で、奄美大島とさして気候が変らないやんばる(沖縄北部)では、早くとも6月上旬以降に出現するに違いないと私を含めた多くの虫屋達は信じていたのである。

私は2010年~2011年にサバティカル(大学の研究休暇)で沖縄に滞在していたが、6月の中旬ごろに、フエンチヂ岳の頂上で、何日間か新種のネキが飛んでくるのを信じて、立ちんぼをしていたことがあった。しかし、もちろんネキは飛来せず、飛んできたのは普通種の蝶や甲虫だけであった。フエンチヂ岳ではその後、ゴールデンウイークの頃にはネキが採れているので、私の考えもあながち的外れではなかったのだけれどね。

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