【シャルリー・エブド事件】「パリ大行進」にオバマもケリーも不参加だったワケ

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パリでの連続テロ事件、アメリカの距離感

『冷泉彰彦のプリンストン通信』第46号(2015/01/13)

1月7日にパリ11区にある風刺雑誌『シャルリー・エブド』本社に複数の武装したテロリストによる襲撃があり、警官2人を含む編集長など同社社員など合計12人が死亡しました。また、事件後に逃走した2名は人質を取って印刷工場に籠城。一方で、別の実行者による警官襲撃事件、パリ郊外におけるユダヤ系スーパー襲撃事件が発生するなど、連続テロ事件に発展しました。

最終的には特殊部隊が突入して実行犯3名を射殺、全体としては犠牲者17名を出すに至りました。これに対して、11日、フランスのオランド大統領をはじめ、ドイツのメルケル首相、英国のキャメロン首相、イスラエルのネタニエフ首相、パレスチナのアッバス議長など世界40カ国の首脳がパリに集結して、参加者370万人という反テロの大規模なデモを行っています。

この事件に関して、アメリカでは連日事件の動向をトップで伝えていましたが、最終的にこの「パリ大行進」にはオバマ大統領も、そしてケリー国務長官も参加しませんでした。

このアメリカ政府の対応に関しては、アメリカ国内でも「アンチ・オバマ」的な保守派のメディアなどでは大きな反発が出ています。要するに「911以降の反テロ戦争を率先して戦ってきたアメリカとして、どうしてパリのテロ被害に対して連帯を示さないのか?」というわけです。

確かに、この「オバマ、ケリーの不参加」に関しては、疑問に思う向きがアメリカ国内でも、そして国際社会の中でもあるのは自然だと思います。では、どうしてオバマは参加しなかったのでしょうか?

5点指摘しておきたいと思います。

1つ目は、オバマの政治姿勢です。オバマは2008年の選挙戦で「チェンジ」というスローガンを掲げて当選しました。その後、景気回復に長い時間がかかったために支持率が低下していましたが、昨年末になって人気に回復の兆しが見えています。

そのオバマの「チェンジ」というのは何を変えるのかというと、「左右対立で硬直状態に陥っているワシントン」を変えるというような中道和解路線が一つあり、同時にブッシュが突っ込んで行った「反テロ戦争」を終わらせたいという方針も入っていました。

具体的には、まず「イラク戦争は大義がない」からとこれを基本的に否定する一方で、「アフガン戦争は反アルカイダの戦いとしてイラクより正当性がある」という言い方もしていました。そんな中で、アフガンには米軍の増派も行いましたし、同時にビンラディンを執拗に追い詰めて殺害しています。

ですが、この「アフガンでの積極姿勢とビンラディン殺し」にしても、オバマとしては「政治的な行動」に過ぎず、その奥にある本音としては「イスラム圏の広範な世論と和解したい」ということ、そして「その和解によってテロの時代を終わらせたい」という方針があったわけです。

だからこそ、アラブの春の動きに対しては特に「リビア」における反カダフィ運動に対して間接的な支援を行うという姿勢を見せ、エジプトでは中道候補の不在によってモルシ政権が登場してしまうというパプニングもありましたが、粘り強く事態に対処もしています。

その一方で、ホルダー司法長官は強い反対を押し切って「グアンタナモの強制収容」を徐々に減らす中で、テロ事件を「超法規的に軍事法廷で処理する」のではなく、合衆国憲法に基づく正規の刑事事件として扱う方向に、時間をかけて持って行こうとしています。何故ならば、それが「反テロ戦争」という「戦時=異常事態」を終わらせることになるからです。

そうしたオバマの政治姿勢からすれば、今回のパリでの「大行進」には「どうしても行かなければいけない理由」はないということになります。もっと言えば、「あえて行かない」ことで、自分は、そしてアメリカは「もう反テロ戦争の時代ではない」ということを示したいのだと思います。

2番目の理由は、現在のアメリカの好況の足を引っ張りたくないという心理が社会に満ちているということがあります。

911以来のテロへの恐怖が緩んでいると同時に、何よりも2008年のリーマンショック以来の長い不況期から抜け出し、かなりの好況感とともに2015年を迎えている、アメリカにはそういた実感が出てきています。その感覚に水を差すようなこともしたたくない、そうした心理が「パリ大行進不参加」の背景にはあるように思います。

例えば、この2015年を迎えたアメリカで何が話題かというと、一昨年に全世界で「密かなベストセラー」になった「女性向けソフトSM小説」である『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の映画化だったりします。女性向けにイケメンと美少女系の役者を配して主としてネットで予告編を視聴させるというマーケティングが猛烈なヴォリュームで展開されているのです。

そうした「エロチシズム」の世界が「バレンタインデー一斉公開」というのも、いかにもという感じで、アメリカのカップル文化は健在という言い方もできるわけですが、それ以前の話として「大変に平和な時代」を象徴しているとも言えるでしょう。

また、どうやらこのバレンタインには間に合わないようですが、初春にかけて「アップル・ウォッチ」が発売されるというのも話題です。このアップル版の「スマート・ウォッチ」ですが、「ウェアラブル端末」の切り札として登場する新しいデバイスであるにもかかわらず、18金仕上げの豪華仕様があったり、多くのデザイン・バリエーションを展開するようで、これも「平和な時代」をイメージさせる商品に他なりません。

そんな中、アメリカの市場は、今回のパリの事件を見ながら神経質な動きをしていたのですが、決して大暴落はしていないのです。これも「久々の平和」ということ、そしてその上での「久々の繁栄」を守りたいという、社会全体の意志の表れだと見ることができます。

3番目は、ヨーロッパとの「距離」の感覚です。

例えば、今回はフランスの事件であったわけですが、フランスよりアメリカとしてはずっと「距離感の近い」はずの英国で2005年に起きたテロ事件の場合も、アメリカ社会は大きな関心を寄せたものの、やはり、そこには「距離感」を見せていたように思います。

事件は2005年の7月7日朝、ロンドンの地下鉄と二階建てバスを狙った同時爆破事件であり、最終的には56人の犠牲者を出した深刻な事件でした。CNNなどの24時間ニュース局は勿論、三大ネットワークも朝7時からのニュースショーの枠では、CMをカットしてブチ抜きの扱いでしたし、その中でもNBCは昼ごろまで番組を変更して報道を続けていました。

ところが、報道の全体にはある種の「距離感」あるいは「間接的な受け止め」というニュアンスがあったのです。例えば、報道の内容はイメージ的なものが主で、直後に取材した目撃者の証言と、各首脳のリアクションを繰り返しているだけでの単調なものでした。

ただ、この時は、実際にアメリカ社会への影響もありました。アメリカではこのロンドンの事件を受けて、全米の公共交通機関に関して、テロ警報を「オレンジ」にアップしたのです。国土保安省が宣言した以上、予算がつくのですが、実際は航空機・空港が一切含まれず、ローカルの鉄道、バス、一部のフェリー、そして大陸横断のアムトラック特急だけが対象だったようです。

影響としてはそのぐらいで、事件への関心は高かったのですが、アメリカでは社会がパニックを起こすこともありませんでしたし、結果的に軍や政治家が激しく反応することも起きなかったのです。911からまだ3年半の時点、そしてアメリカとしてはフランスよりも親近感のあるはずの英国でのテロでそうした「距離感」があったのですから、今回の事件にも同様の、いやそれ以上の「距離感」があっても仕方がないと言えるでしょう。

4番目は、ムスリム系移民の問題です。アメリカのムスリム人口は決して少なくありませんが、欧州とは事情が異なるように思います。極めて大雑把な言い方をすれば、欧州の場合はEU統合という大きな流れの中で、急速に移民受け入れが進み、その多くがイスラム圏からの流入になっているわけです。

勿論、そこにはフランスのアルジェリア系や英国におけるパキスンタン系のように旧植民地からの流入があり、ドイツのように歴史的経緯からトルコ系の移民を受け入れてきた歴史もあるわけです。移民の理由も経済的な問題が主であり、また移民した後にも格差や貧困などの問題を抱えています。そこに、過去も現在も様々な軋轢を生む要素はあるわけです。

一方で、アメリカのムスリム系というのは、イラン革命を避けて来た人々や、パキスタンやアフガニスタンなどから「自由」を求めて来た人々が多いわけです。また、居住地も「多様性」が保証されているカリフォルニアや北東部、あるいは自動車産業のあるミシガン州などに固まっています。

つまり規模の問題としても、移民の動機という問題にしても、アメリカのムスリム系は「激しい排斥の対象となる」ようなことはないし、欧州と比較するとかなり安定した生活を送ることができていると言えます。また、女性のヴェールや、男性のヒゲ、あるいは礼拝の習慣などに関しても、アメリカの場合は建国の理念の中に「信教の自由」ということが強く入っているために、かなり寛容であるということも言えます。

5番目としては、そうした様々な経緯により、例えば「イスラム国」への志願兵については、アメリカからもゼロではないのですが、欧州のようにムスリム系の若者が差別や貧困への怒りから「西側のカルチャーと社会全体への敵意」を持って参加するというケースは極めて少ないようです。志願兵の多くは、ムスリム系ではなく、自分探しの果てにネットなどで過激な思想に影響を受けたというパターンが主ですし、欧州と比べれば人数も限定的なのです。

ですから、今回のフランスでの事件の構図の全体が、アメリカにとっては類似のテロが発生する危険性を「余り感じない」ものだということは言えます。ただし、欧州や中東から、こうした過激思想に染まった若者が「ムスリムを迫害しているのはイランやアフガンで戦争を行ったアメリカだ」として、アメリカに乗り込んでテロ工作をすることへの警戒感はあります。ですから、今回の事件を受けて空港などの警備態勢は厳しくなっています。

いずれにしても、以上のように、アメリカから見ると、今回のフランスの事件は「一定の距離感」があるのです。それが、オバマが「大行進」に参加しないという判断をしたことの背景にはあるように思います。

 

『冷泉彰彦のプリンストン通信』第46号(2015/01/13)
著者/冷泉彰彦
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業(修士、日本語教授法)。福武書店(現、ベネッセ・コーポレーション)、ベルリッツ・インターナショナル社、米国ニュージャージー州立ラトガース大学講師を経て、現在はプリンストン日本語学校高等部主任。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を毎週土曜日号として寄稿(2001年9月より、現在は隔週刊)。「Newsweek日本版公式ブログ」寄稿中。NHK-BS『cool japan』に「ご意見番」として出演中。『上から目線の時代』『関係の空気 場の空気』(講談社現代新書)、『チェンジはどこへ消えたか オーラをなくしたオバマの試練』『アメリカは本当に貧困大国なのか?』(阪急コミュニケーションズ)など著書多数。
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