なぜ、国民年金を全額「税金」で支払っていた時期があったのか?

Japanese yen money banknotes and coins with calculator on the table, selective focus
 

さて、高度経済成長で景気が良くなってくると、農家から都市部へと就職する人が増えてくるわけですね。昔は長男が家を継ぐという事がありましたが、子供が都市部へと出ていくわけです。昔の考え方だと、自分が老後を迎えたら子供が自分を支えてくれるという流れですね。子供が扶養してくれる事を期待するわけです。
つまり子供の給料で生活すると。
ところが子供が都市部へと出ていくと、自分の老後を支えてくれる人が居なくなりますよね。そうなると自分の老後はどうしようかと不安を持つ人が多くなってきたわけです。家族がバラバラになり、子供が老後の面倒を見てくれる形から、国が国民の老後の面倒を見なければならなくなるという形に変化してきたんです。核家族の増加による不安ですね。

よって、世論が我々にも年金を作ってほしいという声が高まってきたわけです。サラリーマンや公務員などの厚生年金や共済年金からあぶれた人を救う必要があった。

よって昭和33年の総選挙では国民年金創設が与党の自民党と野党の社会党にとってお互い最大の公約となり、勝った自民党が早速国民年金の創設に取り掛かります。この時は戦後最大の投票率となっている。国民全員に年金が受け取れるようにしたいというのが国民年金の理念でしたが、お手本となるような国が無く、どうやって国民全員に年金を支給しようかというのがわかりませんでした。

まず問題になったのは全額税でやるのか、保険料を支払うタイプでやるのかという事ですね。所得税どころか住民税も支払うのが困難な非課税世帯が多かったから全員に保険料を支払ってもらうのは困難だと考えられたから。3300万人中20%くらいの600万人程しか所得税納めてなかった。野党の社会党は税でやるべきだと主張しましたが、今後は高齢化が進行すると予想される日本において全額税でやるというのは将来余りにも莫大な予算が必要になる恐れがある事から取り入れられませんでした。今の国家予算見ても、とても全額税で年金支給なんて不可能ですよね^^;

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