『週刊SPA!』で連載中の五輪汚職追及連載が大きな話題となっている、『悪いのは誰だ!新国立競技場』の著書もあるジャーナリストの上杉隆さん。その連載を始めるにあたり、自らに課したルールが存在すると上杉さんは言います。今回のメルマガ『上杉隆の「ニッポンの問題点」』では、なぜ自身が「実名クレジット」という日本において困難な取材方法を採ったのかを解説。さらに我が国のジャーナリズムが崩壊の危機に瀕している理由を明らかにしています。
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ジャーナリズムの崩壊
10月より『週刊SPA!』で始まった五輪汚職事件をテーマとした連載は、さまざまなところで反響を呼んでいる。
都議会議員や都庁職員のみならず、国会議員からも反応をもらっている。7年ぶりの連載とはいえ、随時情報を仕入れていたテーマだったので、かなり詳細な話も入っている。
「すごいですね、よく名前を出してここまで答えてくれましたね」
今回の連載を開始するにあたって、筆者はひとつのルールを自らに課していた。それは、捜査関係者以外の匿名コメントは使用しないというものだ。つまり、すべて実名でコメントしてもらい、実名で掲載するというものだ。
当然にリスクもある。しかし、「わかった」や「関係者」など、いくらでも創作できる日本のマスコミ報道に疑問を感じていたことや、SNSの台頭によって、それがいまや、一般人にまで広がっていることに強い危機感を覚え、自ら手本を示すつもりで、(日本において)困難な取材方式を採ることを選んだのだ。
海外において、実名クレジットはジャーナリズムの基本原則のひとつでもある。筆者の働いていたニューヨークタイムズでも、匿名コメントは使用してはならないという厳格なルールが存在していた。
もう、20年も前のことである。日本のマスコミは現皇后(当時雅子妃)のご懐妊報道一色に染まっていた。朝から晩まで国中、お祭り騒ぎである。
「この現象は日本のマスコミ特有のものなのか?一般の日本人は実際はどのように感じているのか?特集を組みたい。街の声を拾ってきてくれ」
当時のハワードフレンチ支局長からの指示を受けて、新米取材記者である私は街に飛び出した。
ニューヨークタイムズ東京支局は築地の朝日新聞本社にある。銀座まで歩いて5分ほど、ペンとメモ帳とICレコーダーをもって、手当たり次第に買い物客や観光客にコメントを求める。
4時間ほど聞きまくって、計20名ほどのコメントが取れた。さっそく支局に持ち帰り、英語にまとめて、支局長と本社に送った。
「ちょっと来てくれ」
データ原稿を送って10分もしないうちに、別室に呼ばれた。これだけの短時間で20人ものコメントを集めたのだ。中には、日本人の私ですら興味深いコメントがある。きっと褒められるのだろう、と期待をもって別室のソファーに座った。
「ひとつも使えない。なぜ、職業と年齢と性別しか書いていないのだ。氏名はどうした?」
苗字は書いてある、と反論したが、支局長は了解しない。これでも、相当苦労して氏名を聞いたんだが、誰も教えてくれないんだ、と私。まだ日本に着任して日の浅い支局長は、私の反論に対しても明らかに疑っている。
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