東京大空襲の指揮官に「勲一等旭日大綬章」のナゼ。理解し難い日本の叙勲史

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国の「春秋叙勲・褒章」の制度では、毎年4月29日と11月3日付けで各界の功労者が表彰されます。候補者には事前に打診があるとされ、辞退する人が少なからずいます。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』で、評論家の佐高さんは、辞退者として先日亡くなった作家の大江健三郎氏、元総理の宮沢喜一氏と細川護熙氏、受章者として佐藤栄作氏、笹川良一氏等の名を挙げ、両者の間には戦争への考え方に違いがあると指摘。加えて、日本の叙勲の歴史の中で最も理解し難いこととして、東京大空襲の司令官に勲一等を贈ったことを挙げ、「死者を冒涜」していると断罪しています。

勲章をめぐる対立

先ごろ亡くなったノーベル賞作家の大江健三郎が文化勲章を辞退した時、城山三郎はそれを次のように肯定した。

「ノーベル賞は、政治的な側面がまったくないわけではないが、権力そのものが出す賞ではない。しかし、文化勲章は、政府、文部省といった国家権力による『査定機関』となっている。言論、表現の仕事に携わるものは、いつも権力に対して距離を置くべきだ」

城山自身、紫綬褒章を断っている。

栗原俊雄の『勲章』(岩波新書)を読み返して、司馬遼太郎が文化勲章を受け、宮沢喜一が叙勲を辞退したことを知った。宮沢は私の評伝選第4巻『友好の井戸を掘った政治家』(旬報社)に護憲派として取り上げたが、さすがと言うべきだろう。ちなみに城山は宮沢の若き日を『友情力あり』(講談社)に描いている。

細川護熙には会ったこともないし、会う気もないが、次の勲章論には賛成である。もちろん細川は勲章を拒否している。

「それにしても勲章の如きものに人は何故かくも執着するのか。真に世の為、人の為に陰ながら尽した人々を顕彰するは結構なることなれど、既に功成り、名遂げたる高位、高官の物欲しげなる態、誠に見苦しきものなり。これを見れば、大体その人の器量は解るものなり」(『内訟録』)

最も理解し難いのは、1964年にアメリカの航空部隊司令官だったカーチス・ルメイに日本政府が勲一等旭日大綬章を贈ったことである。ルメイは1945年3月10日の東京大空襲の指揮をした人間である。非戦闘員に爆弾を落としたこの国際法違反の空襲で10万人が亡くなった。

彼は「われわれの計算しつくした上での賭けは、近代航空戦史上で画期的なできごとになった」と振り返っているが、そんな人間に勲一等を贈ったのである。これは政府が死者を冒涜したとしか言えないだろう。

ルメイは「私の決心をなんら鈍らせなかったのは、フィリピンなどで捕虜になったアメリカ人──民間人と軍人の両方──を、日本人がどんなふうに扱ったかを知っていたからだろう」とも語っている。

“戦犯”であり、被害者や遺族が「鬼畜」「皆殺しのルメイ」とまで呼んだ男に、日本の政府は「航空自衛隊の育成ならびに日米両国の親善関係に始終献身的な労力と積極的な熱意とをもって尽力した」として勲一等を贈ったのである。時の首相は佐藤栄作だった。

元A級戦犯の笹川良一にも日本政府は1978年に勲一等瑞宝章を贈っている。笹川は1987年には勲一等旭日大綬章を受けた。

戦犯を礼讃するということは戦争を礼讃するということである。勲章をめぐって、佐藤栄作、ルメイ、笹川良一らと、宮沢、大江、城山らにくっきりと分かれるということだろう。これは戦争推進派と否定派の対立でもある。

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