好戦家たちの煽りによって容易に増幅される怒りや憎しみ
そしてこの炎上騒動では、その懸念がさらに別の形で裏付けられたようにも感じました。何だか、戦争放棄や平和主義を唱えること自体にイラつく人が増えているような、あるいは平和主義者を軽んじる風潮が高まっているような、ちょっと嫌な気分になりました。
私が社員として世話になったソニーの創業者 井深大さんと盛田昭夫さんは戦争体験者です。一般的に、戦争は市場拡大や需要喚起など、経済を拡大させるだけでなく、最先端の技術開発を促進する手段として位置付けられてきました。しかし、井深さんの主張は真逆でした。彼は、軍需産業をやりたがる経団連に異を唱え、「アメリカのエレクトロニクスは、軍需をやったためにスポイルした」と述べて憚らなかったそうです。私はそういう人が創業した会社で働くことを誇りに思っていました。
また、「財界の鞍馬天狗」の異名を持つ戦後の経済人、中山素平さんは、1990年、湾岸戦争で自衛隊の派兵が論議されていたとき、派兵に断固反対して「派兵はもちろんのこと、派遣も反対だ。改憲に至っては論外だ。第二次世界大戦であれだけの犠牲を払ったのだから、平和憲法は絶対に厳守すべきだ。そう自らを規定すれば、おのずと日本の役割がはっきりする」と語ったそうです。
ノンフィクション作家の立石泰則さんが、『戦争体験と経営者』(岩波新書)という本を出しています。フィリピン戦線から奇跡的な生還を果たしたダイエーの中内功さんや、インパール作戦に従軍して九死に一生を得たワコールの塚本幸一さんなど、生き地獄のような戦場を体験したからこそ、戦後復員してからは、徹底して平和主義を貫いた経済人を数名取り上げ、彼らの平和へのこだわりを描いた本です。
この本の中で、中内さんが京都で開催された財界セミナーに出席した際の逸話が紹介されています。議長として基調講演に立ったのは、当時の財界の権力者であった住友金属会長の日向方齊さんだったそうです。日向さんが、改憲や旧ソ連を仮想敵国とした軍拡と徴兵制の復活を声高に主張したところ、権力者を前に聴衆の誰もが沈黙を守る中、中内さんがただ一人立ち上がり、「戯れ言を言うな!」と猛烈に反論したそうです。
この本の前書きには、立石さんが長年にわたってインタビューして来た多くの経済人を振り返ったとき、「経営理念も経営手法もまったく異なる、そして様々な個性で彩られた経営者たちであっても彼らの間には『明確な一線』を引ける何かがある」とあり、「それは戦争体験の有無だ」とあります。
戦後生まれの世代が社会の大半を占めるようになった今、対米追従型の政治家たちが暴走し、軽武装・経済優先の国から重武装・軍事優先の国へと国の形が大きく変わりつつあります。格差や貧困が拡がり、対立や分断から生まれる怒りや憎しみは、好戦家たちの煽りによって容易に増幅していきます。野党もマスメディアも機能不全に陥って頼りにならないとすれば、この国が「戦争」との距離を再び縮めるようなことがないように、「おかしなことはおかしい」「ならぬものはならぬ」と言い続け、しっかりと踏み止まるのは経済人の責務でもあると考えています。
※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』2023年6月2日号の一部抜粋です。興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
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