日本国籍保持も可能。ドイツで議論進む「二重国籍容認法」は是か非か?

 

実は今、想定外の出来事が起こっている。ドイツは70年代からクルド族やレバノン人などを大量に受け入れていたため、すでに大勢のアラブ系の住人がいる。その多くはドイツ国籍を持っており、特に若者たちは生まれた時からドイツ人だ。日本ではあまり知られていないが、アラブ人社会ではいまだに徹底した反イスラエル、反ユダヤ思想が大手を振っている。つまり、これまで何十年も争われてきたパレスチナ問題でも、彼らは終始一貫、パレスチナ人の味方だった。しかし、それが表に出る機会は、今までは少なくともドイツではなかった。

ところが、今回、ハマスのイスラエルに対するテロ攻撃の後、イスラエルの徹底した報復行動により、突然、パレスチナのガザ地区の地獄絵が目に飛び込んできた。これによって、ドイツにいるアラブ系の住民が、あちこちでイスラエル打倒を叫んで立ち上がったのは、ほぼ自然の成り行きだった。ドイツ人にとってみれば、これは驚天動地の大事件だ。

というのも、ホロコーストのトラウマを持つドイツでは、イスラエルとの連帯はいわば国家理念。反ユダヤ主義は法律で禁じられている。だから、反ユダヤ思想の持ち主など、もちろん、本来ならばドイツ国籍は得られないはずだった。ところが、今、デモで反ユダヤ思想を叫ぶ人たちを検挙してみると、れっきとした“ドイツ人”が少なくない。

これを知って以来、私は従来の考えを改め、ドイツ国籍の取得者には二重国籍を義務付けるべきではないかと思うようになった。というのも、「捕まえてみたらこんなはずじゃなかった」という問題は、実は、他でも起こっている。たとえば、何十年もの間にドイツのあちこちに根付いてしまった外国系の犯罪組織では、犯人が上がると、多くは勇猛な顔つきのドイツ人だ。

ドイツ人からドイツ国籍を取り上げることはできないが、他の国籍があるなら、少なくとも重罪犯人からドイツの国籍を取り上げることは可能ではないか。だからと言って母国送還は難しいかもしれないが(母国がおそらく受け入れないため)、少なくとも選挙権だけは取り上げられる(ドイツでは日本と違い、受刑者にも選挙権がある)。

国籍というのは、少なくともこれまでの私の認識では、アイデンティティはもちろん、愛国心や忠誠心にも微妙に通じる。愛国心や忠誠心は、長く住んだから湧いてくるとは限らない。私はドイツに長く住み、言葉も学び、ドイツの法律を遵守し、少子化防止にも尽力した、いわば模範的な移民だが、ドイツに対するシンパシーはあっても、愛国心や忠誠心はあまりない。しかし、国籍を与えるというのは、そういう帰属意識が希薄な人たちに、全ての権利を手渡すということだ。

11月30日、国会で本件についての初の一般討論が行われた。左派党は、「反ユダヤかどうかの思想調査には反対」とか、「生活保護者にも帰化の権利を与えろ」とか、いくつかの修正を要求しているが、大枠では改正に賛成。それに対してAfD(ドイツのための選択肢)とCDU/CSU(キリスト教民主/社会同盟)は、特に二重国籍の解禁について反対している。

フェーザー内相はこの法案を、来月にも成立させたかったようだが、現在、イスラムテロの増加が危惧されていることもあり、棚上げの可能性が出てきた。

今、ドイツでは、あちこちで美しいクリスマス市が立ち始めたが、大きな都市のクリスマス市では警備が物々しく、テロリストの車が突っ込めないよう、入り口に巨大なコンクリートのブロックが並んでいる。メルケル前首相が大量の中東難民を入れて以来の現象なので、「メルケル・ポラー(←桟橋にある係船綱をつなぐ太い柱)」と呼ばれている。

何とも残念な景色だが、これも、国籍をあまりに杜撰に扱いすぎたせいではないかと、私は思っている。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

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川口 マーン 惠美

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